>> 氷と焔 after 02





飛行機に乗った。初めて空を飛んだ。雲を間近に見た。雲は文献にあったように、固くなかった。それなのにあの奇妙な形を形成しているというのが不思議でならない。プロセスは丁寧に文献に記してあったが、自分の目でもって見ないことには納得がいかない。快斗はそんなオレのはしゃぐ様子を苦笑いしながら見ていて、オレは自分の行動の稚拙さを理解して赤面した。専用機とはいえ、いくつかの対の目がオレを見ている。冷笑の視線なのか単純な反射によるものなのかの区別は微温湯に深く浸かり育ったオレには付けられなかった。オレは、とんだ田舎者なのだ。




「…悪い、あまりに珍しくて」
「いいんだよ、初めてなんだろ?他のお偉いさん達は皆純粋さを失ったからあんな厳めしい面構えになっちゃったんだから新一はもっと純粋に…」
「…黒羽君、睨まれてますよ」
「いやだって、本当のことですよねぇ?」
「思慮を著しく欠く発言だ、撤回しろ黒羽」
「ほらぁ、日常生活に思慮とかそんな単語使う時点で厳めしいって言われても当然ですって」
「その流言が過ぎる口は切除すれば沈黙するか?我が剣の錆にしてやるぞ」
「錆過ぎてて切れないんじゃないですかね」
「そこに直れ!私を愚弄せし罪万死に値する!」




えー、と大して困ってもいない様子で快斗はオレに助けを求める。司教様に華麗に啖呵が切れたのはこの会話のおかげなのかもしれない。そう思うと快斗の生活の片鱗を垣間見ることが出来た気がして心が弾んだ。その間にも初老の剣士の刃はオレ達(どうしてか知らないがその切っ先はオレにも向けられている)を責めるかの如くに煌めいて、どうしたものかと思案する。快斗はこの状況を楽しんでいるようだった。それがまた気に食わないのか初老の剣士の額には青筋がくっきりと立っている。白馬と呼ばれた男が何とか場を収めたが気まずい空気のまま飛行機の時間は過ぎていき、束の間の浮遊感の後どうやら地上に降り立ったようだった。この機体から一歩踏み出せばそこは、嘗て夢見た帝都が広がっているのだ。期待と不安が複雑に入り交じる一歩は、ほんの小さなものだった。想像でしかなかった摩天楼はもう、すぐそこに触れられる位置に聳えている。




「悪いんだけど会議終わったら迎えに来るから、少ないかもしれないけどこの金で何とかやってて」
「いや、こんなに量貰えないから!」
「工藤さん、それは嫌らしい黒羽君のあなたへの初期投資ですから素直に貰っても問題ないですよ。寧ろ少ないくらいです」
「白馬!余計なことを言うんじゃない!」




言っていることがよく理解出来なかったが素直に金を貰い快斗と別れる。手っ取り早く市場の方に向かえば見たことも無いほどの人集り。村よりよほど狭い空間に犇めく人、人、人。足元すら最早定かではない。呆気に取られて立ち尽くしていれば怪訝そうな目がオレをちらりと見て、興味を無くして再び両側に並べられた林檎などの果実や生鮮食品の品定めに精を出す。これが都市なのだ。無関心で忙しい都市の性だ。不気味なほどに赤い林檎がじっとこちらを見ているような気がした。




「お兄さん、林檎が欲しいのかい?」
「え?あ、ああ…」
「一個200円さね。何個だい?」
「二個くれよ。しかし200円は少し高いんじゃねぇの?」
「!快斗…」
「ありゃあ、快斗坊っちゃんのお連れさんだったのかい。それじゃあそんなに高くは売れないねぇ。二個で200円でどうだい?」
「ありがとよ。また来る」




快斗はどうしてこんなにも早々にこの喧騒の中現れたのだろう。会議とやらはどうなった?そう思う間にも快斗は沢山の人間に囲まれて、オレがこの市に来た時の無関心さは嘘の様だった。この感情は疎外感だろうか。部外者のオレはその輪に加わることも出来ずに数歩引いた位置に立っているだけだ。急に、快斗とは住む世界が違うのではないかと思った。元々閉鎖的な村に住むそこいらの林檎と何ら変わらない見分けのつかない一人間と、国家の役人様との世界は違うのだ。それを今の今まで気にしていなかっただけで。




「…あ、やばい、新一!新一、どこ?」
「…ここだけど」
「あと30分くらいで飛行機が出るんだ!それに乗らないと!」
「え?」
「また西に行くんだよ、仕事!それを理由に早く会議抜けてきたんだから!あと君は今日からオレの臨時の部下です!これからは黒羽隊長と呼ぶように!」
「そりゃまた大変だな兄ちゃん!快斗坊っちゃんみたいな風来坊の御守りは骨が折れるぞ!」
「そこ!茶々を入れるんじゃない!」




市の人間が皆笑った。オレは目まぐるしく変化する状況に目を瞬くしかなく、未だ口を開けずにいる。その腕を快斗は勢いよく掴むと目を白黒させるオレを従えてその場から走り去る。さよならを言う時間も沈んだ思考を振り切る時間も与えない完璧な拉致だった。




「か、快斗!」
「新一!二人旅だよ!オレ達二人だけ、まるでハネムーンみたいだな。ロマンチックだ」




ロマンチックだなんて、何て馬鹿なことを言うんだ。そう思うけれど、反面嬉しいと感じる自分がいるのを、オレは知っているのだ。そしてそれを快斗も分かっている。憎らしい。けれどもそれ以上に愛おしい。二人旅に浮き足立つ、二つの影が一つに重なる。未知の遠い地には何があるのだろう。目指す地平線の向こうは眩い光を放ち、金色に煌めいていた。




 


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