>> 氷と焔 after 01





夜でさえ眠らぬ街があるのだと言う。オレは一度たりとも見たことがないが、夜でさえ真昼の様にネオンサインが煌めき摩天楼聳え立つ空は星など見えぬのだそうだ。一度でいいから、その夢物語の様な景色を見てみたかった。そう思う子供は、きっとオレ一人ではなかっただろう。




村の騒動は一ヶ月も経過せぬ内に終息した。そう、父親からの手紙にあった。村にはもう居られないから、と親父に話せば、好きにしなさい、とヤツは笑った。親父は、寂しくなるなと眉を下げて見せたけれどあの人とて世界中を放浪して回っているのだから大して変わらない。毎年年末には帰ってくることを条件に上げ、オレは次の日に家を出た。無論快斗も一緒にだ。




「…後悔は無いか?」
「さぁな。悔いなど感じる暇もない」
「オレは一度本部に戻るが…、と言ってもオマエには行く宛ては無かったんだったな」
「不毛なことを聞くんじゃない。それよりオレが尋ねたいのはこの広大な砂漠はいつまで続くのか、ということだ」
「…オレが倒れたのも分かるでしょ…」




現在見渡す限りの砂、砂、砂。水分はとうの昔に枯れたらしくほんの水滴ですら太陽に焼かれた砂に吸収され、残ってもいないようだった。本でしか読んだことのない世界が眼前に広がっているのは非常に興味深いことではあるが、如何せんこの熱は身体に堪える。いっそ体内の水分が全て水蒸気になるのだと言われても冗談だと笑えないほどだ。オアシスについてこんこんと語っていた本を思い出して、本書に激しく同意した。本当に、こんなことがある訳がないと頭から否定したことを筆者に陳謝したい気持ちで一杯だ。




「…気が滅入るかもしれないが、ここから首都まであと100km、砂漠が10kmほど続くんだ」
「…それは、気が滅入るな、誰でも」
「だろー?けどこの辺飛行機なんか飛んでないし、ヘリは上が出し渋るしさぁ。もう歩くしかねーの。恨むなら白馬の野郎を恨んでくれよ」
「…ひこーき、」
「そう、飛行機。多分、本部まで行けば見れる」




飛行機、というものもヘリ、と呼ばれたものもオレは見たことが無かった。乗り物であるということくらいは知識として頭にあるが、実物を見たことは一度としてない。よくよく考えてみれば、オレは得てして赤子の様なものだ。外界に踏み出したこともない大きな子供。何も知らないのに知っている振りをする、大人にもなりきれない馬鹿な子供だ。




「…あ、白馬!珍しいなオイ、迎えか?」
「…まぁこの時期に砂漠を往復した上に本部まで戻るのは君の化物並みの体力をもってしても辛いかと思いまして」
「へぇ、気がきくじゃん。この先2週間くらいは槍でも降んじゃねーの」
「…そこは素直に喜ぶ所ですよ。ところで、そちらの方が?」
「おー、連絡しといただろ。オレの連れ。例の件の被害者だ」




暫時歩き砂漠を抜けると広がるのは緑の都だ。砂漠と違い植物が活き活きしている。そこで出会った、快斗が白馬と呼んだ男は白い車の屋根に頬杖をついて不遜な様子で立っており、この人も国のお偉方なのだろうなとすぐに理解出来た。それにしては快斗は大層親しげに会話をしている。突然の事態を観察すれど分かることなどは欠片しかなく、オレはそこで観察を諦めた。




「…工藤新一と言います。この度は助けていただきありがとうございました」
「これはどうもご丁寧に。僕は本部勤務の白馬探と言います。しかし黒羽君は工藤さんと長く一緒に居て、何故このような丁寧な態度を見倣うことが出来なかったんでしょうね?彼の爪の垢を煎じて飲ませたら少しは口調も丁寧になるでしょうか」
「けっ!オマエは何時でも何処でも嫌味たらしいな!早いとこ車を出せよ」




はいはい、とぞんざいな返事をして運転席に乗り込んだ白馬という男は後ろにどうぞ、と言った。快斗とオレは車の後部座席に乗り緩やかに車は発進する。昔見た車に比べてエンジン音が遥かに小さく、かえって静寂が耳に痛かった。ふと見上げた空は、やはりどこに行こうと青い。そこに広いも狭いも無く、ただ一様な青だけがある。物語でしか見ることの出来なかった世界が肌に触れて魅惑の刺激に、くらりと目眩がした。




 


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