>> 一億五千万キロの隔たり





一億五千万キロの隔たり




「…昨日オレ3軒梯子したぜ」
「女と飲んでたのかよ」
「ちっげぇよ。まあ、飲みもしたけどさ。ちょい枯れるかなって本気で思った」




喫茶店に似つかわしくないはずの会話は隅に座る青年のものであったから、寧ろ至って健全なものかとも思われた。癖毛の男は悪戯でも思いついたかの様な嬉々とした様子でチョコレートとバニラのアイスにスプーンを突き立てながら、向かいの黒い髪の男に話しかけている。対する艶やかな黒髪の男はアイスコーヒーの透明なグラスを傾けながら男の暗紫に輝く瞳を呆れと共に見詰めていた。




「…黒羽さ、もうちょっと隠せねぇの?」
「無理でしょ。健全なる男ってのはこんなもんだぜ工藤君?」
「…昨日もそんなこと言ってたろ」




言葉を交わす合間にも黒羽と呼ばれた男は獣の様相を呈す瞳で工藤と呼んだ男を見詰める。真昼の熱は黒羽の食す甘い固体を溶かし白と黒の交わる境を曖昧にした。今日のどうしようもない身体の熱はきっとこの異常な程の暑さ所為だと工藤は誰ともなく言い訳を垂れる。こんな鬱陶しい暑さにいっそどうにかなってしまえばいいと誰かが囁いた気がした。苦めのアイスコーヒーを音を立てて飲みストローを甘噛みしながら工藤は言った。




「…今日も街出んの?」
「いーや、今日はオマエ。もう結構前にオレの中では決定事項になってる」
「オレの予定は関係ねーのかよ。まぁ空いてっから問題ねーけど、さ!」




入っていた氷が僅かに残る黒い液体と混ざり合い薄まったのを視認しストローで一通り掻き回した後、態とらしく音を立てて工藤は立ち上がった。黒羽も乾いた音を上げて器に落下したスプーンを冷えた瞳で見てから、精算すべく店員の女の立つレジへと向かう。先に店を出た工藤が眉を寄せて煌々と輝く恒星を睨んでやれば、眩しさに焼かれた瞳に瞬きが滲みた。




「…後ろ、乗る?」
「…免許あんの?」
「無免許って言ったら?」
「……」
「ばぁか。嘘だよ、嘘」




結局工藤は黒羽の後ろに跨がり黒羽は黒い単車のエンジンを吹かす。工藤に黒いヘルメットを投げて寄越した黒羽は、既に同じデザインのヘルメットをしている。何度かエンジンを吹かして熱を孕む黒い路面を滑る様に走り出したバイクは、工藤の家へと最短距離を走った。




部屋に入った途端性急に服を脱がそうとする黒羽を、工藤は冷静に見ていた。もしかしたらこの男も暑さで脳がやられたのかもしれない。興奮からか息の荒い黒羽も、その事実に興奮する工藤も、ただこの自分ではどうすることも出来ない熱を放出することしか考えられなかった。唇を押し付けて、舌を絡めて、粘着質な音を周囲に響かせる。他に誰もいないというのに後ろ手に部屋の扉を施錠した黒羽は、勢いよく工藤をベッドに押し倒した。そのまま首筋に唇を寄せ、吸いつき、鬱血痕を残す。それは所有の証だった。工藤が黒羽意外の男に抱かれることのないようにという独り善がりの独占欲。




「バーロ、痕残すな」
「…じゃないと工藤他に行くでしょ?」
「…オレはオメーと違ってとっかえひっかえしてる訳じゃねーの。一緒にすんなよ、この絶倫男」




そう言って笑った工藤は黒羽の首に腕を回した。深い口付けと共に黒羽は剥き出しの胸元を爪で掻く。爪先を上げて啼いた工藤が黒羽の後頭部を掻き抱くので、具合がいいんだろうなと思い胸元にやった手を下肢に伸ばす。既に濡れていたそこは滑り卑猥な音を立てて、黒羽の手が動くのを助けていた。




「あっう、…ッいいから、さっさと挿れろよ!」
「慣らしてねぇよ?」
「散々ヤってんだろーが、今更気にすんなっ…!ひっ、ああっ…」




工藤の言葉に煽られた黒羽はかろうじて指を2本突っ込んだだけの後孔に、そそり立つ陰茎を宛がった。質量に工藤は震える。汗ばんだ背に工藤が腕をつるりと滑らせると、黒羽は先端を工藤の体内に埋めた。この瞬間だけが存在理由だった。この時だけ工藤の世界は黒羽だけに、黒羽の世界は工藤だけになる。この空間だけが、互いの全て。




「はっ、あう…うっ…!」
「っは、キツ…!」




慣らすことなく挿入される痛みに工藤は涙した。どうにもこの瞬間には息が詰まる。何年と黒羽と工藤はこの体の関係を続けているが、どうしたって工藤はこの一瞬が苦手だった。黒羽がそのまま勢いに任せ一気に貫く。完全に体内に欲望の象徴を納めた直後はゆるりゆるりと慣らすように腰を動かしていたが、工藤が一際甲高く啼いたのを機に黒羽はそれを激しい動きに変えた。律動に合わせて工藤の腰も揺れるから、どうにもこの淫らな体を離せないのだと黒羽は唇を舐める。暫く動かしていれば互いの体は汗ばみ、もう絶頂が近いのは容易に知れた。吐く息は荒く、熱が閉じた部屋に充満して不快だった。




黒羽の背に立てる爪痕は深い。その背でまた他の女でも抱くのだろうと工藤は妙に冴える思考で思った。他の女を抱くその腕に黒羽は工藤を囲う。誰とも知らぬ一夜だけの相手を抱くその腕に。黒羽が他の女を抱くその姿を思い嫌悪したものの、前立腺を抉るように穿たれた後に工藤は生理に抗えず達した。黒羽もその後を追う。どうにも不愉快だった。他の人間のつけた爪痕が、黒羽の背に残っていた。それだけで苛つく自分が工藤自身、理解出来なかった。




青臭い熱を孕む空気を逃がすべくカーテンを引いた窓を少しだけ開く。引っ掻く様な不快な音に黒羽が眉を寄せながら窓の外の澄んだ空を見上げれば太陽が冷めた瞳を焼いた。いつかは燃え尽きる恒星に向けて手を伸ばす。届きもしないことを知りながら年端もゆかぬ子供の様に。もう一度見上げると広がる蒼穹に純粋に笑みを溢し、オマエの瞳の色だと呟いてみる。けれども黒羽は素直になることが出来ずに無表情の仮面を貼り付けて、意識を飛ばした工藤のいるベッドを振り返った。薄暗い部屋には太陽の光もまともに届かない。そこは二人の楽園だった。背徳の快楽を手に入れた、誰も知らない、楽園だった。




 


PageTop

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -