>> UNKNOWN 05





「・・・何かあったのか?キッド」



何時もは鈍いくせに、こういう時に限ってこの少年は鋭い。今日は中継地点までの帰りにほんの少しへまをした。組織の奴らに撃たれたのだ。幸いにして、脇腹を少し掠めた程度で、マントで隠しさえすれば遠目からは分からない筈だった。確かにやはり痛みはあるので顔が歪むのを止めようとしている姿が目に付くのかもしれないと、遠く思った。




「・・・いいえ、あなたが気にするような事はありませんよ」




何とか白いスーツにまでは血は染みてないようだ。しかしマントにまで染みるのも時間の問題だろう。身体がどんどん熱くなるのに比例して思考は冷えてゆく。帰って処置をしなければ暫く厄介なことになるだろう。ロンドン帰りの探偵は煩いし、幼馴染の少女はもっと煩い。何より身体を動かしていなければ黒羽盗一の息子という時点で怪しまれているというのに、狙撃された次の日に寝込むという事は自ら疑惑を肯定しているようなものだ。今帰って適切な処置さえすれば、痛み止めを打つことで日常の生活程度ならば凌げる。




「・・・降りて来て」




蒼い瞳がオレを射抜く。その苛烈な瞳とは裏腹に声音は優しい。危うく縋り付きそうになる自分をオレは感じた。理性に反して俺の身体は動こうとしている。舌打ちさえもしてしまいたくなる状況にオレは唇を噛み締める事で耐えた。どうしてこういう時にオレの身体は理性に反することを望むのだろう。理性は身体にとって絶対のものである筈なのに。どうしてオレは理性による本能の制御でさえもままならないのだろう。怪我による出血の所為?それとも目の前に名探偵がいるからだろうか。こんな時でさえ、理性は冷静だ。




「・・・残念ながら、今宵はもう帰らねばならないのです」




もうそろそろ危険だろう。映像の端がぼやけ、欠け始めている。足元がぐらつく感覚は最早、強く吹き荒ぶ風だけの所為ではない。少年よりも風下にいる為に、恐らく血臭まではしていないだろうが、さっさと去らねば聡い少年に感づかれてしまいかねない。ちらりと見上げた先の細長い月に、感付かれない事を祈った。どうにも最近、他力本願な部分が多い。これは次回への反省点だ。




「っキッド!怪我、してんじゃねぇの・・・?」




小さな歩幅で走り寄る少年は、気付いていた。気付かれた、気付いてしまった。情けない姿を、見られている。誰に、彼に。何を、オレを。ああ、あり得ない。怪盗キッドは格好良くあらねばならない。何よりも気高く在らねばならない。何よりも賢く、美しく在らねばならないというのに。頭はもう、思考を放棄しつつある。思考しない人間などただの無能な生物だ。理性と本能の境が曖昧になってゆく。本能が理性を侵せば、理性に抗う術など無い。




「・・・怪我など、してはおりませんよ。第一、一介の泥棒が怪我をする理由など皆無です」




突き放すように言えば、小さな足が止まった。それでも両の蒼い瞳は怪しむように細められこちらの様子を観察している。突き刺さる視線が痛い。もうオレの意識は、遥か遠くへの旅立ちをご所望だ。その欲求と本能のままに目を閉じれば、墜落の感覚。呼ぶ声ですら、遠い。どうしてこんなにも心地よいのだろう。本能が理性を侵略したからか。それとも、この状況が他でもない名探偵の前であったことへの無意識の安堵からか。ああ、そんな事どうでもいい。この心地よい狭間に暫くたゆたうことにしよう。名探偵の声を聞きながら。




カタストロフィなど滑稽だとオレは嘗て嗤ってやったが、今はそれを撤回しよう。これこそが悲劇的結末だ。名探偵、つまり好敵手の前で意識を失ってやるなど無様にも程がある。目が覚める頃には血に染まったスーツでも着て病院にいるのだろうか。中森警部が取り調べに来て、白馬に嗤われて、青子に泣かれて。その中に、名探偵が混じっていてくれたならば、それはそれでいいのかもしれない。

目を開けた時に一番に飛び込んでくるのがその青い瞳ならば、悔いる事も無いだろう。

・・・続きます。




 


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