>> 氷と焔 01





どうしてこうなったのだろう。オレの信じていた神様は死んでしまった。オレを、オレ達を見離して、絶対的であった神様は死んでしまったのだ。




オレが生活していたのはほんの小さな村だった。排他的で陰気なこの村は神様の存在を信じ、それが揺らぐことはないと信じていた。神様は自分達を救ってくれる、贄を捧げさえすれば必ず救ってくれるのだと、かつて外の地から来た司教様がオレ達にそうお告げになったからだ。ちょうど前年は作物が不良で、村の人間はその言葉に飛び付いた。始めはオレだって信じちゃいなかった。それでも、村人が神様の存在を信じ始めるにつれ村の生活は改善していったのだ。嘘の様に、見違えるほどに。それ故に村は、神様の存在に固執した。それ以来、贄を捧げる行為は続いている。




「今年はお前だ、新一」
「え、…?」
「今年の贄は、新一、お前に決まった」




ある日、村の長が、オレに告げた。唐突な宣告がオレを混乱させる。いつかは回ってくる役目だった。誰かが背負わねばならぬ役なのだ。贄を捧ぐのは半年に一回。オレには半年の生しか残っていないことになる。オレは、独りで泣いた。もしかしたら贄として捧げられた他の少年少女もこうして泣いたのかもしれない。




この村では贄となることは名誉なこととされている。神様に清い身体を捧げるのだから。故にオレの家には沢山の花が届いた。祝福と賛美の声を寄せようと人々が訪れたし、小さな子供はオレを憧憬の眼差しで見上げる。この世代の子供は神様は絶対的だという教育を受けており、贄は神様にお仕えする尊い人間であると教えられている。オレ自身神様を信じているから、やり残したことの多さに後悔こそすれど死することに恐怖はない。神様は絶対だ。これが覆ることなど有り得ない。例え死すとも神様はオレの愛するこの村を守ってくれるのだろう。




「…新一、」
「…大丈夫だよ、親父。散歩行ってくる」




父親が今にも泣きそうな、眉の寄った顔でオレを呼んだ。どうしてそんな顔をするのだろう。これは名誉あることだ。そうだ、そうに決まってる。でなければオレが死ぬ理由が見つからない。どうしてこの人はオレの名誉ある死を肯定してくれないのだろう。学者であるこの人がどうして贄となるオレを祝福してくれないのだろう。一人息子の最期の晴れ姿を。




オレは家を出ていつもの散歩コースを歩く。森の中にあるこの村を抜けると泉が広がっていることを知っているのはオレと長老のじいさんだけで、そこはオレの安心出来る場所だった。小さな泉の湖畔に腰を降ろせば意味も無く涙が頬を伝う。泉を覗くと見慣れた顔が見えて、この顔を見るのもあと半年かと笑った。心は穏やかで寧ろ空虚だが、涙は止めどなく流れている。どうしたらよいのだろう。どうしたらオレは泣き止むのだろう。どうしたら父親はオレの贄としての死を褒めてくれるのだろう。こんなこと、悩まずともよいのに。




「…あそこなら、」




落ち着けるかもしれない。段々と煮詰まったオレは教会に行くことにした。ステンドグラスの美しい教会には神様の像がある。あのステンドグラスの淡い光は人を落ち着かせる力がある。オレは立ち上がった。それと同時に後ろでどさりと何かの倒れる音がした。何事だろうと後ろを振り返ると黒い塊が伸びていて、興味をそそられたオレはその塊に向かって歩く。近くで見るとその塊はどうやら人間の男で、見たことのない格好をしているのを見るとどうやら外部の人間らしい。排他的な村で育ったためにオレはその人間を警戒するが、頭をつついてみると呻き声がするあたり生きてはいるようなのでオレは顔を覗き込んでみた。どこかで見たことのある顔だなぁと適当に思いながらその男を抱えてやる。こんな所に放置しておくと死んでしまいそうなのでオレの家へと一時的に置いてやろうと思ったのだ。もしかしたら偽善者にでもなろうとしていたのかもしれない。頬を伝っていた涙は、いつの間にか止まっていた。




 


PageTop

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -