>> 氷と焔 02





オレは結局、見も知らぬ外部の男を部屋に招いてしまった。幸い誰にも見咎められることなく家に帰ることが出来たが、恐らく見付かるのも時間の問題だろう。しかしこの男の目覚める気配はない。見たところオレと大して年齢は変わらないようだった。どうしてこんな森の奥地に来たのかは知らないが、早いところ起きてくれないとオレがベッドで寝ることが出来ない。全く、変なものを拾ったもんだ。




「…こういう時はどうすればいいんだっけ」
「こういう時は“大丈夫ですか?”って手を握るのがいいんじゃねぇ?」
「そうか。そうだよな………は?」




誰かの言葉に頷きかけたが、はたと止まる。独り言のつもりだった言葉にどうして返答があったのだろう。部屋には返答出来る人間などいなかったはずだ。ゆっくりと部屋を見回せどもそのような人物は見当たらない。ふと目を落とせば、ベッドの上の男がヒラヒラと手を振っていて、拍子抜けしたオレは少し笑った。贄に選ばれてから、自発的に笑ったのは初めてだったかもしれない。




「…へぇ、笑うんだ」
「…失礼だな、オレだって人間だ」
「ああ、うん、わりぃな」




男は何がそんなに面白いのかケラケラと笑った。それにつられて笑うオレも、相当おかしい。どうして笑っているのかは分からないけれども、ただ何となく、笑いたい気分だったのだ。初めて会った男だというのにどうしてこうも気を許しているのだろう。それがどうも、不思議でならなかった。




「オマエ名前は?」
「ああ、オレ?オレは黒羽快斗。結構遠くから来たからこの村の名前も分かんないけど」
「オレは工藤新一だ」
「ふぅん、新一ね。助けてくれてありがとな」




笑顔が眩しい男だと思った。快斗は辺りを見回すと、水をくれない?と首を傾げるので冷蔵庫のペットボトルを持って来てやる。一本丸々飲み干したあたりどうやら相当喉が渇いていたらしい。口元を手の甲で拭うと快斗はおいしかったと礼を言い、笑った。目覚めてからずっとヘラヘラと笑う快斗につられて笑っているおかげで、オレは今まで泣いていたことも忘れていた。あと半年の生だということも忘れ笑っていた。目覚めたならさっさと出て行けと言わないのは、きっとこの心地よさを失いたくないのだろう。オレはそう、酷く冷静に考察した。




「ね、新一はいくつ?」
「今年17になった。快斗はどうなんだ」
「おお!オレも17になったんだよね!同い年じゃん!」




同い年だとはしゃぐ快斗を小児か、とはたいて黙らせる。後にやりすぎたかと思ったが、快斗は斜めを向いて沈黙している。大人しくなった快斗は急に改まって身体を起こすと、真剣な顔をして言った。




「…あのさ、帰り道が分からないんだけどさ、」
「…?」
「…暫く、ここに居てもいいかな」




カリカリと頬を掻きながら非常に申し訳なさそうに言うのでオレは吹き出した。すると快斗はバツが悪そうに、本当に意識が飛びそうだったんだと唇を尖らせて言った。まるで子供みたいに感情が素直に出るやつだ。笑ったり、おどけたり、拗ねてみたり。見ていて眩しいほどの感情の海が渦巻いていて、それを少し、羨ましいと思った。オレは感情を表に出せるほど器用じゃないから、人前で笑うことなんて滅多にない。せめてあと半年でも、あんな風に鮮やかな笑顔が欲しかった。




「…好きにしたらいい」
「ありがとう」




オレはこんな柔らかな空気を欲していたのだろう。贄となることで周囲から遠巻きにされていたが故に、深い付き合いを避けていたが故に、この日溜まりのようなむず痒くも優しい、涙が出るくらい温かい触れ合いが欲しかったのだ。快斗は何も知らない。だから何を言うこともなくこうして笑ってくれる。偽善的優しさからではない。ごく自然なこととして。それがオレにとっては救いだったのかもしれない。神様の贄となるのにオレは、他に救いを求めたのだろうか。そうだとしたら、オレは何と不謹慎なことだろう。もう既に、オレ自身自分のことが分からなくなっていた。オレはどうしたいのだろう。快斗の紫がかった瞳を眺め背徳感に駆られながら、オレは神様を思った。




 


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