>> LEVEL2 02





このまま関係が壊れていしまうのは恐ろしいけれど、思いを伝えないというそんな選択肢なんて俺にはなかったんだ。





「…名探偵、」




思いを伝えてしまえば、狂ったような鼓動は大体収まってしまって何故だか拍子抜けしてしまった。さっさと伝えておけばよかったとも思ったが、ここまで悩んだからこそすっきりしたのかもしれない。相変わらず俺の告白を受けた子供は固まっていて、さらりとその髪を浚う風にそのまま流されていってしまいそうで俺は少しだけ手を伸ばす。びくりと大きく揺れた子供は少し怯えていて、珍しい不安を如実に表している青い目に惹きつけられる。大丈夫、言う事は言ったんだ。振られたって平気だ。




「…バカ、なんじゃねぇの」
「…本気、だけど」




震える唇で、俺の為に発せられたその貶す言葉でさえも愛おしい。最初は憧れだった。真っ直ぐ前を見据える強い瞳に、尊敬の念すら覚えた。憧れていたんだ、諦めない強い意志に、全てを守り救おうとするその慈愛に満ちた志に、きっと。いつの間にそれが愛情に変わってしまったのか分からない。恋愛感情を小馬鹿にしていた頃の俺では考えもつかないほどの身を焼くような恋情も、今では親友ともいえるほどに身近なものだ。苦しくなかったとは言えない。何度もこの感情を殺そうとしたが、そのたびに鮮やかな子供の姿が映る。結局諦め切れず、欲深いなぁと何度も上手くいかない己の感情に落胆した。コントロール一つ出来ないのだ、自分自身だというのに。恋愛は、人を盲目にさせるらしい。実際その通りだと思った。俺は、コイツしか見えない。見ようともしない。自分自身ですら霞んでしまって、制御も利かない唯の獣と同じ程度だ。




「…何で、俺なんだよ。何で、江戸川コナンなんだ」
「…オマエだからだよ、“工藤新一”」




もしかしたら、出会った瞬間に恋に落ちてしまっていたのかもしれない。所詮、一目惚れってやつだ。見ているだけでよかったんだ、最初は。膨れる思いに俺は突き動かされて思いを伝えることを決めてしまった。あんなに悩んだんだ、俺の思いは一時の迷いなんかじゃなくて。恒久に続くのだろう、この子供がいつか結婚して、子供が出来て、死んでしまったとしても。俺が死なない限りこの思いは、地上に残っている。誰に共有される事なく、俺だけの感情として。




「…知ってたのか」
「…偶然だよ。本当に、偶然。オマエの本質は変わらないよ、どんな見目だってオマエはオマエだ」
「…気障だな」
「…うん、よく言われるよ」




手が震えてきた。やはり玉砕するのは怖いらしい。上手く笑えていただろうか。引き攣ってはいなかっただろうか。子供は、下を向いている。嫌われたのだろうか。そう思えば、臆病な俺はどんどん手の震えが増していって、こんなに緊張した事が今まであっただろうかと場違いにもそう思った。寧ろ、そんな下らないことを考えていないと意識が飛びそうだった。周囲で遊ぶ子供の笑い声でさえ恐ろしい。なあ、と話しかければ不自然にびくりと震えた。大丈夫か?と尋ねられればどんどんと頬が紅潮していく事に気付いた。




「…俺は探偵で、オメーは怪盗だ。立場分かって俺の事を好きって言ってんのか?俺は追う立場、オマエは追いかけられる立場だぞ」
「…ああ、今形勢逆転してんね」
「バカかオメーは!ンな事どうだっていいんだよ!社会的立場を考えてみろっつってんだ」
「…、やっぱりさ、見目は気になるもんなの?あの、世間体ってヤツ」




名探偵は、大人だ。俺には世間体を気に出来るほどの余裕も無くて、単純な頭しか持ってはいないから他人の目などに気を向ける事があまりなかった。世間一般から見れば俺の恋は、イレギュラーな恋なのだ。俺は男、名探偵も男。この子供にはその厳しさが良く分かっている。叫んだ事によるのか子供の息は切れていて、呼吸音だけしか聞こえない。他にもたくさん子供はいるのに、世界にたった二人だけの錯覚。本当に世界に二人だけなら、俺は幸せなのに。でもそれは、何年経とうとも叶う事のない願いであり、満たされる事のない征服感を唯一満足させる空間だった。世界の果てまで行こうとも一生叶うことのない、願望。




「…それもそうだけど、俺は、探偵だ。オメーは、その、怪盗で、俺はオメーを捕まえようと必死でなければならないんだ。それは、偽善的と言われてしまえばそれまでだが、…俺の正義感に反するんだ」
「…俺が、犯罪者だから、嫌い?」
「っち、違う!俺はオメーのこと嫌いなんかじゃない!…俺は、オメーの事が好きなんだ。だから余計に、オメーが関われば、俺が捜査に私情を挟んで、間違いを犯すかもしれない。俺は、探偵じゃいられなくなる」




そう言ってとうとう泣きだした子供は年相応に見えて、とても可愛らしかった。失礼かもしれないが、俺はそう思った。一粒、二粒、と静かに零れていく涙が地面に吸い込まれれば俺は、頭がどうかしてしまった。流れる涙にそっと手を伸ばし掬えば、大きな濡れた瞳が俺を見上げて困ったようにごめんな、と呟いた。そんな謝罪の言葉が聞きたい訳じゃないんだ。俺は謝罪ばかりしているその小さい唇を手で塞いだ。鼻水で鼻が詰まっているため息が思うように出来ないのだろう。俺の手を外そうともがいていたが、それでも暫くすると落ち着き、目線は俺から外れて地面に向いている。零れた涙の跡が、俄かに降り出した雨と重なっていく。母親が子供に帰るよう言い聞かせている声がどこか遠くに響いていた。雨脚は勢いを増し、俺も子供もびしょ濡れだ。それでも子供は動こうとしなかったし、俺も動く気はなかった。このまま俺の過去も、子供の過去も、雨に流して清算出来ればいいのに。そんな子供じみた考えを、本気で思った。




「…いいんじゃねぇの。オマエ、オレ、好きなんだろ。それだけじゃん」
「…そういう訳には、」
「…オレは気にしない。だから、そんなモンに囚われんなよ」




そう言ってずぶ濡れの体でずぶ濡れの子供を抱き締めた。互いの体温が伝わりやすいという事は、俺の壊れそうなほどに早く脈打っている心音も響いているだろうか。子供もおずおずと手を伸ばし、やっぱりオメーは気障なんだ、と少し悔しげに言った。それから、動くなよと言って俺を強く抱きしめる。子供は、泣いている様だった。何に泣いているのかは分からない。その綺麗な雫は、雨に混じって消えてしまうのだろう。酷くなりだした雨に、嗚咽でさえも掻き消されてしまえば、俺には子供を強く抱きしめてやるしか術はなかった。




幸せでしょう、と誰かが言った。確かに、俺は幸せだよ。誰にでも胸を張って言えるくらい、俺は幸せだった。



「…風邪引くな」
「そんときは俺が看病してやるよ!」
「……何で目が輝いてんだよ」




 


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