>> 失くした熱





黒羽と、工藤の子供の話です。工藤が既に死んでいます。苦手なお人は戻って下さい。いつものことながら蘭ちゃんの扱いが酷いです。










「…なぁ、死ねないって、どういう感覚?」






興味本意で、一度だけその男に尋ねたことがあった。




男はその時悲し気に眉を寄せた。月明かりに照らされた、本来ならば紫紺の色である筈の瞳は、紅い。ちょうど数年前、この家に転がり込んで来た時も、満月の晩で、瞳の紅ばかりが、目に付いた。




「…さぁね。死ねる感覚なんて疾うの昔に失くしたから」




掠れた声で、男は言う。目は窓の外に向けられ数メートル離れたこの距離からでは、何を見ているのかさえ分からない。時折、意識を遠くに手放すこの男は、満月の晩になると一晩中窓辺に座り、街を眺めた。




「…頭、切り落としてみようか」




ポツリ、と大して響かない小さな声で男は言った。既に男は自分の首元に小型のナイフを宛がっている。刃渡りが20センチにも満たないナイフでは一気に首を落とすことが出来ないことくらい知っている筈だ。けれども男は、そのナイフで首を落とすと言う。




「…やめろよ。俺、頭だけのヤツと会話すんの嫌だ」




そう返せば、男は軽快に笑った。首に宛がったナイフは、そのままに。少しばかり当たったのか、プツリと赤い筋が生まれた。男は、全く気にしない。




「…だってさ、死ねるかもしれないだろ?」




男は笑ったまま言う。何年、この男は死に向かい生きただろう。死ぬ為の方法を、探している。かつては硫酸に体躯を浸してみたり、銃弾を脳天に撃ってみたりもしたが、体躯がその度に再生するだけで、寧ろ死ねない体躯を実感するだけだった。心ばかりが荒み、融解してゆく。




「…いつかは、お前だって俺より老けて、俺を置いて死んでいく。俺ばかりが生きているんだよ。愛していた人間が死んで、また人間を愛して、そしてまた失くすんだ。耐えられるかよ、んなこと」




男は淡々と言葉を紡ぐ。何処を見ているのかも分からない、その瞳で。声で。底知れぬ深い闇は男を飲み込み、膨張し、弾ける。その渦中で、男は何を思うのだろう。人間を愛する、人間ではない男。嘗ては、人間だった男。




「…俺は、アンタをここまで弱らせた男みたいに、直ぐには死んでやらないよ。アンタが俺の姿に失望するまでは近くにいてやる。約束してやるよ」




そう言った声は、震えていたかもしれない。俺は、この男を愛していない。父のようには、きっと。工藤新一のようには、きっと。母を愛してはいなかった工藤新一。義務的に俺を愛していると言ったあの男は、この男を愛し、自らの命すら賭けてこの男を救った。恐らく黒羽が一度死んだ場で、その時に死んだのが黒羽ではなく俺だったならば、死んでいたのは工藤新一ではなく、やはり事実のまま俺だったのだろう。誰も、パンドラの箱を開ける犠牲となることなく。




男は、俺を愛していないだろう、きっと。父のようには、きっと。愛した人間が、というあの話は俺ではなく紛れもなく工藤新一に向けられた言葉だ。あの男が愛した人間は、ただ一人。それはこれまでも、これからも変わることはないのだろう。そして男はこれからも工藤新一の背を追おうと何度も自殺を試みる。俺の後ろに、あの男の影を見ながら。




何が哀れかって、夫にも、自らの子供にも愛されなかった母親だろう。それを知りながら死んで行ったのに、夫も子供も悲しまなかったんだから。ああ、つくづく俺は母親に似なくてよかった。






でなければ俺は男の偽物の愛ですらこの身に受けることが出来なかったのだから。




 


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