>> suger and suger





今は、晴天の午後、未だ暑さの引かぬ初秋である。そんなある日、快適な空間で、優雅にコーヒーを飲む男がいた。工藤新一である。右手にカップ、左手に推理小説。暑さなど気にもならぬほど冷房を効かせ引き籠っている、所詮金持ちらしい夏の過ごし方であった。






「ただいっ……何この涼しさ」
「…何って、エアコンだろ。それよりコーヒーもう一杯くれ」






勢いよく扉を開けた男は、外気との温度差に眩暈を覚えた。今年は猛暑が続き、30℃越えなど当たり前で、本日の最高気温、33℃。体感室内温度、23℃。気温差10℃に、眩暈を覚えない方がおかしい。それは、体感的にも、諸民金銭感覚的にも。






「…時限が違うって知ってたけどさぁ…」






文句を言ながらも命令に従うのは、その後が恐いから、という本能的なものだった。黄金の右足と謳われた男の右足に足蹴にされればたまったものではないし、それを平気でしかねない男、それが工藤であるからだ。既に手慣れた様に、キッチンを構う黒羽。しばらくすれば、温かいコーヒーと共に、リビングに姿を見せた。勿論持っているマグカップは2つである。






「工藤ー、コーヒー」
「…おう」






読み終えていたのか、工藤は素直に本を閉じた。目の前に差し出されたマグカップを受け取り、既に口をつけようとしている。工藤はブラックコーヒーが好きだった。それ以前に、ブラック以外のコーヒーはコーヒーではないと考えている。当たり前だが、砂糖は入れない。スティックシュガーや角砂糖の類は一切家に無かった。…筈だった。






「…おい、何だそれは」
「え?何って…角砂糖、だけど」






何を言っているんだ、というような顔で工藤を見る。





「馬鹿にすんじゃねェよ。何で家にそんな大量に砂糖があるんだよ」
「え、知らなかった?何ヶ月か前に俺が持ち込んだんだけど」






喋っている合間にも、シュガーポットからは角砂糖が消えてゆく。ボトボトと工藤にとっては殺人的な量の砂糖を黒羽が自らのコーヒーへと入れてゆくのである。色こそ変わりはしないが、持参していた小さなスプーンでかき混ぜればガリガリと下に澱っている。部屋中に甘い匂いが漂い出した頃、ついに工藤の短い堪忍袋の緒は切れた。






「…ッんな気色悪ィモン見せんじゃねェ!」






ソファーテーブルを引っくり返さなかったのは後で片すのが面倒だったから、という訳では決してない。ただ単に引っくり返すほどの力が無かっただけである。暑さというのは恐ろしいもので、思考力を確実に低下させていくのだ。






「…見なかったらいいじゃん」






ポツリと漏らした黒羽の呟きは至極当然のものであると言えた。工藤の言い分があまりにも理不尽だったからだ。しかしこれが工藤の怒りを増長させることとなった。






「…あ?オメーがこんなとこで飲まなきゃいい話じゃねーか」
「は?別に俺が悪い訳じゃないじゃん。工藤の気が短いのが悪い」






遂には口論に発展してしまった。工藤にべったりの黒羽は人付き合いの上手い人間で、それ以前に工藤の言うことには何でも従う姿勢を見せる男が工藤に刃向かうことなと今まで無かった。たかがコーヒーの飲み方、されどコーヒーの飲み方なのである。口論は未だ続く。






「俺が悪い?俺の家で俺は全てだ。文句があるなら出て行けばいい!」
「ああそうかよっ!こんな家出て行ってやる!」






そう言うと、嵐の様に黒羽は部屋を出て行った。ついでに玄関の閉じる音もした。売り言葉に買い言葉で、言い過ぎてしまったかと工藤も思ったが、それよりも怒りの方が勝っていたので、黒羽を追うことはしない。工藤はただ、もう少し控えてほしかっただけで、別に砂糖を入れるなと言いたかった訳ではないのだ。人の個性は人それぞれだと知っているから。






「あー…クソッ!」






工藤は乱雑に頭を掻いた。何に苛立っているのかは明白、自らにだ。黒羽の飲み残したコーヒーからは未だ甘い匂いが漂っている。温もりの残るマグカップを工藤は手に取ると、唇を付ける。そして、一口だけ、飲んだ。






「…やっぱ何がいいのか理解出来ねェ」






黒羽の甘い思考はここから来ているのかもしれないと、工藤はふと思った。




 


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