>> 秋の唇





昨晩の嵐は嘘の様に去っていた。祭から帰れば俺は自然体だった。あの後酒盛りをして、予想外に互いに飲み潰れて、今は雑魚寝状態。隣の寝顔を見たところで、俺には何の変化もない。これが当たり前、これが世間一般で普通の友人関係だ。腹を出して寝ている友に、俺にだけ掛けられていた布団を掛けてやる。今日は二日酔いで頭痛がした。水を飲もうと台所に向かえばそれに気付いたのか黒羽が薄目を開けて俺を見る。頭痛が酷くなったのはきっと、閉じられた空間に放られている酒瓶の所為だ。






「…起きんの?」






そう言った黒羽には羨む様な色がある。何時の間に脱いだのか、掛けてやった布団から覗く肩から腕にかけての辺りから、目が、離せない。その時に、暑いのだろうかと場違いなことを思った俺は、相当な馬鹿だった。






「…水、飲むか?」






頭を掻きながら起き上がった黒羽に問いかければ返答は是だった。それに少なからず安堵した俺は、逃げる様に台所へと入った。それを訝し気に見る黒羽のことなど全く気付かずに。






「…ほら」
「…悪ィな」






コップを手渡すその瞬間に触れた指の熱に、俺の心拍数が跳ね上がる。何で、さっきまで平気だったのに、何で、何で、何で。黒羽はコップを床に置くと、再び俺の手に触れた。優しく触れたその指に、魔法にかけられたかの様に動けなくなる。下から覗き込むこんな男らしい顔、俺は知らない。






「…何かあったか?」






俺が何かしたのか、と俯いた俺の頬を撫でる。かっと赤くなった俺の頬に何を思ったのか額と額を付き合わせて目を覗く。熱はなさそうだな…と呟くとサラリと俺の髪を撫で、離れていった。名残惜しそうに見詰めるその瞳に勘違いしそうになる。何があったかなんて、言える訳がない。






「…別に、何も」






無い、と言おうとした瞬間に唇から出る筈だった音は消えた。何で、なんて考える必要などない。柔らかな、俺の唇に当たったモノはきっと、黒羽の唇だ。遠ざかる黒羽の顔がそれをはっきりとさせる。何故だろう、泣きたくなるのは。気紛れか、それとも揶揄いか。何にしろ俺にとっては嬉しくはない。明暗を分けたのはやはり性別だったのだと、そう思い知った。何故か。それは、俺の胸元を弄ろうとした手が膨らみの無さに漸く気付いたのか、慌てて遠のいたからだ。






「…くろ…?」
「…好きだ」






夢だと思った。未だ俺は夢から醒めることが出来ていないのだと。都合のいい夢だ。いつかの女が夢は欲望を再現してくれると嬉しそうに話していたのを思い出した。馬鹿じゃないのかとその話を切り捨てたが、今ではその女と同じではないか。






「……俺、は、」






喉がひりついて上手く声が出ない。夢だろうが出せる答えなど疾うに決まっている。伸びてきた腕が俺を捕まえた。痛みさえも覚える抱擁は俺を醒まさせるのには十分だった。嘘だろう、これは、……現実、だ。






「…夢、じゃないのか」
「……お前がそうしたいのなら」
「そうじゃない!俺は無かったことなんかにしたくない!オメーが本当に、俺を好きなのかってことを言ってるんだよ…!」






ヒステリックとも思える声が部屋に谺する。黒羽は沈黙した。裏切らないという保証が無ければ、動けない俺をどう思うのだろう。好きなんだ。だから、独りにされるのが寂しい。俺を置き去りにするのならば、俺は誰も受け入れない。






「…好き、だ。俺は、黒羽快斗は、工藤新一が好きだ。お前が許すなら、俺は常にお前の隣にいる」






…涙を拭うことなど、もう出来なかった。






「…俺だって好きだよ、バーロォ…」






再び抱き留められた先の胸は、昨日羨んだもの。数多の女にその胸を貸してやったのだろうが、今この時から、俺だけのものだ。浮気なんてしやがった日には格好よくフッてやろう。大人の男らしいその顔をひっぱたいてやるのもいいかもしれない。そう思ったら、自然に、笑えた。




 


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