>> 夏の眼差し





夏も終わりかけた頃だった。残暑厳しいですね、なんて笑っていた。そんな純粋に笑っていられたのも、それまでだった。






高校を無事卒業し知り合った黒羽は、誰よりも気兼ね無く接することが出来たし、何よりその隣に居るのは心地よかった。俺の頭は文系だったが、面白そうだと工学部に行ったのが出会いだった。話しているのが楽しかった。実験の時間が他の時間より楽しいのなんて明白だった。いつでも、何があっても、一緒だった。…あの日まで。






花火を見に行こうなんて誘って来たのは黒羽の方で、人酔いしやすい俺にとっては地獄のような所へ何故行くのかと呆れていたのだ。そう素直に聞けば、だって十代最後の夏だぜ?とやたら元気に、嬉し気に言うものだから、そういうものなのかと妙に納得してしまった。冷静に考えれば、別にその時でなくともよかったのだ。そんな十九の夏。






「…浴衣、着るよな」
「…馬鹿言うなよ。俺はそんなモン持ってない」






やっぱり。そう言った黒羽は、普段の奴にしては大きめの鞄を音を立てて漁り、二着の浴衣を取り出した。黒い丈の長めのものと、紺の少し丈の短いもの。紺色の方を俺に手渡し、黒羽は言った。






「…これ、着付けすればいけるでしょ。ほら、脱いで」






黒羽はそう言うとすぐに、裁縫道具を見せる。俺は渋々服を脱いだが、黒羽が着せた浴衣は既に俺の丈に合わせたかの様にちょうどよかった。






「あ…よかった。着付けしなくてもいいし」
「…そういや、花火って明日のだろ?」
「そうそう。つーことで泊めて」
「…だろうと思った」






元々泊まりたがりの奴は、俺の家に服やら何やら私物を置いている。勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだと思う。その晩、何事も無く一夜を過ごしたのだ。何事も、何事も無く。俺の部屋で。






次の日の夕暮れ、黒羽は浴衣を俺に着せ、自らもそれを着ていた。よく双子と間違えられる俺と黒羽だが、未だ成長期である黒羽と、既に背丈が伸び悩みつつある俺とでは身長が違うし、俺と違い黒羽にはちゃんと男らしく筋肉が付いているし、声のトーンも違う。浴衣から覗く胸板への羨望は男としては当然とも言えた。素直にそれを認識出来るほどにその姿には男らしい色気が漂っていたのである。






「…何、惚れた?」
「…馬鹿言うんじゃねェよ」






あまりにもケラケラと笑うものだからこちらも都合が悪く、何とも答えにくい。返した反応がツボにでも嵌まったのか黒羽は更にゲラゲラと品悪く笑った。






「…んじゃ、行くか」






一頻り笑った後、黒羽は涙を拭いながら言った。それからの行動は素早いもので、財布と扇子とを袋に入れると俺の方を振り返って「行かねェの?」と首を傾げてみせる。俺は短く返事をして、玄関を出た。






「…オメー、まだ食うのかよ」
「え、こっからだろ」






右手に唐揚げ、左手にたこ焼き、そして既に焼きそばと綿菓子、それにかき氷も制覇している。俺からすれば、いくら飯を抜いて来たから腹が減っているとはいえ、もうそこまで食べれば十分だと思う訳だ。それでも足りないらしい、この男は。






「…おりょ、花火じゃね?」






暗い空を指差し黒羽は言った。そのすぐ後に青一色の花火が上がる。見惚れていると、いつの間に無くなったのか唐揚げの容器を捨てた右手で黒羽は俺の手を引いた。






「…行くぞ」
「…どこにだよ」
「…穴場」






こちらを振り返りもしない強引な黒羽は猶も俺の手を引き歩く。花火などは目にも入らない。俺の目に映るのは、最近急に男らしさの増した男の横顔だけ。それでも残念でないと思えたのは俺の頭がおかしくなったからかもしれないと思えば、自然と頬が熱くなった。きっと今、この男が俺の方を振り向けば、俺の考えていることなどすぐに分かってしまうだろう。明日にはもう、昨日に戻ることは許されない。だから、そんなことがあってはならない。このご時世、同性愛など認められる訳も無い。世間から隔離されるなど考えられないし、何より嫌われてしまうのは恐ろしい。そう思えば、俺の淡い初恋の行方など、知れていた。






切ないと泣けるほどの勇気を持っていたならば、俺は少しだけ、望みを持てたのかもしれない。初恋の男の横顔は、どんなものより、愛おしかった。俺の、十九の夏。




 


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