「テスト期間はありがとうございました!」

手に持った袋を差し出しつつナマエは頭を下げた。差し出したのは感謝の気持ちをこめて作ったお菓子だった。

「お、クッキーじゃん。ありがとー」

二宮が広げた袋の中を犬飼が覗き込む。うさぎやネコなどの動物やハート形や星形と様々な形のクッキーは見ているだけで楽しくなる。甘いものが好きな辻は頬を緩ませる。最も、ナマエがくれるものであれば何であっても喜ぶのだが。

「ぁ、りがとう、ミョウジさん」
「いえいえ!二宮隊にテスト勉強見てもらうなんて!かなりの贅沢です!」

へらりと笑うナマエ。辻は自分の勉強そっちのけでナマエの勉強をみた。ナマエの成績が悪いからではない。そうしないと犬飼や氷見、二宮に取られてしまうからだ。風間から引き離すまでは仲間だった二宮は、二宮隊の訓練室までナマエを連れて帰ってしまえばすぐに敵になった。

「どこが分からないんだ」
「ここがどうしてこういう式になるのか分からなくて・・・」
「これは・・・・」

飲み物を用意している間に裏切られていた。どうしても吃ってしまう自分より頭が良く、分かりやすく解説する二宮の方が教えることに向いているということは分かっていたのだが、悔しい気持ちで唇を噛み締めた辻は二人の間に割り込むようにしてココアを置いた。

「二宮さん。報告書を書いた方がいいのでは?」
「提出期限はまだ先だ。このくらいは、」
「俺がミョウジさんの勉強を見ますので。師匠ですので」

ゴリ押しで二宮を黙らせればぶふっと吹き出す音が聞こえた。犬飼と氷見はノートに視線を落としているがその手は震えている。笑っていることが丸わかりだった。
辻が少し言葉に詰まれば様々な方向から手を出された。しかしたくさん教えてもらえる!と喜んでいるナマエを前に、手を出すなとは言えなかった。

「焼肉でも行くか」

テストも終わり、気の抜けた高校生4人に二宮が問いかけた。ナマエはキラキラと瞳を輝かせる。こんなに喜ぶのなら自分が連れて行くのに、と思った辻だが、恐らくナマエは辻には遠慮をする。二宮にはそれなりに甘えるのはやはり大人の余裕があるからなのだろうか。自分もナマエの一つ年上だというのに二宮のように大人の魅力を出せるとは思えなかった。
行きたいです!とぴょんと飛び跳ねたナマエを二宮はじっと見つめる。ナマエはぱちぱちと瞳を瞬かせた。熱い視線・・・・には見えなかったがあまりにも見ている時間が長いため心配になった辻はそれとなくナマエと二宮の間に入った。

「お前」

何を言われるのかとナマエが少し身構える。

「少し太ったか?」

予想外の言葉にしん、と作戦室が静まり返る。辻がナマエを振り返った次の瞬間、信じられないです!とナマエの大絶叫が響き、プシューと気の抜けた音を立てながら作戦室の扉が開いた。あんぐりと口を開いた犬飼と辻。氷見は冷めたような視線を男どもに送る。姉を持つ犬飼がフォローをする間も無くナマエの背中は小さくなっていた。







「どうするんですか。ナマエちゃんきてくれなくなっちゃうかもしれないですよ」

キッと睨まれた3人はわけが分からなかった。二宮は何故ナマエが逃げたのか分かっていなかったし、その原因が自分だとは思っていなかった。犬飼は自分のフォローが遅れてしまったという自覚はあったのだが、二宮が何故わざわざ反感を買うようなことを言うのか分からなかったし、辻に至ってはナマエは太ってなどいないし仮に太っていたとしても、愛しい人の面積が増えるだけだから何の問題もないと思っていた。確かに作戦室では甘いココアばかり出していたし、勉強の合間にチョコレートを摘んでいた。そして今日持ってきたクッキーの試食をしていないとは思えなかったから、ナマエには自分は太ったかもしれないと思う余地はあった。そんな自覚のある思春期の少女に二宮は平然と言ってはならないことを言ってのけたのだ。怒られるのも当然だった。

「二宮さん。謝ってください。もちろん土下座で」

氷見と言う名前に相応しい冷たい空気を漂わせる。顔を顰めた二宮と睨み合う。

「あー。あー。ひゃみちゃんごめん。俺がちゃんと二宮さんに授業しとくから!少しだけ!待って!」

二宮隊に亀裂の入る気配を察知した犬飼がクッションの役割をしようと試みる。ぎろりと犬飼にも鋭い視線が突き刺さるが自覚をしていない人に怒ってもしょうがないと思った氷見は頷き、今度は辻をみる。ひっと喉から声を出してしまったのは無意識だった。

「辻くんは早く追いかける!ナマエちゃんが他の隊に取られるよ!」

びっと背筋を伸ばす。ナマエが他の隊に取られる。他の人に取られる。そんなこと許していいはずがなかった。急いで換装して作戦室を飛び出す。ボーダーでナマエと会うのは自隊の作戦室ばかりだったからどこに行ったのか検討もつかなかった。半泣きでナマエを探す辻を遠巻きに見る隊員たちは何があったのかとこそこそ話し合うが、辻にはそんなことを気にしている余裕もなかった。連絡を入れても見てもらえるとは思えなかったから無我夢中で走り回った。いない。いない。ここにもいない。換装しているのに背中は冷や汗でびっしょりだった。

「ナマエ。どうした?」

ぴたりと動きを止める。壁に張り付いて、様子を伺った。

「迅さん!私、未来でぶくぶくと太ってまんまるな豚になっていたりしますか!」
「んー。ナイスバディなお姉さんになってるよ」
「ないすばでぃ・・・・ガタイの良いお姉さんですか!?」
「うーん?ちょっと違うなぁ」

えぐえぐと泣きつくナマエの尻を迅が撫であげるが全く気にした様子がない。それどころかどうしよう・・・・と迅に抱きついた。

「ミョウジさん!」

ぱしんと迅の手を振り払いナマエの体を自分の腕の中に閉じ込めた。良い匂いがする。温かい。柔らかい。もしかして生身なのだろうか。ツン、と鼻の奥が熱くなる。片手で自分の鼻を摘み上を向いて恐らく出ているであろう鼻血を止める。

「ミョウジさんに触らないでください」
「おっと」

迅は何もしていませんよ、とでも言うように両手をあげる。

「あー、その手離さない方が良いよ」

ナマエを閉じ込めている左手のことだろうか。それとも鼻を摘んでいる右手のことだろうか。恐らくどちらもだろう。少し警戒しつつ頷けば、迅は、ははは、と乾いた声を漏らす。

「師匠も私のことでぶって思ってますか!太ってきましたか!」

ぐるんとナマエが体をひっくり返して辻と向き合った。ふにゅりと柔らかいものが腹に当たってビクンと震えた。女の子が苦手な辻には触れないという気遣いを忘れるほどにナマエは動揺していた。

「正直にお願いします!」

背伸びをしてぐいっと顔を近づけたナマエに辻は一歩下がる。ふにゃふにゃと自分の腹でナマエの何かが形を変える。

「やわらか、い、です」

その言葉を最後に辻に意識は途切れている。実はその時ナマエは大きな勘違いをしたのだが、急に倒れた師匠にそんなことを気にしている余裕もなくなった。
倒れた辻を運んだのは迅だという。彼にはどこまでが見えていたのだろうか。全部だろうな。




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