「次の試合もナマエちゃんに見にきて貰えば?」

犬飼は宿題で出された数学のプリントをぺろりと捲り上げながら辻に言った。ナマエの師匠は自分であって犬飼に言われるまでもないと少し辻はムッとする。

「元からそのつもりでした」
「・・・辻ちゃん反抗期?」

普段ヘラヘラと笑っている犬飼も後輩からの反抗は流石に傷付き、眉を下げた。背後に落ち込んでいる犬すら見える。

「ナマエちゃんは喜ぶね。辻くんのこと大好きだから」
「っぁ、そ、うです、か、ね」

普通に話せるようになってきた氷見とでもこの話は吃ってしまう。師匠、師匠と後をつけてくるナマエを思い出し、頬を緩ませた。

「師匠!」

噂をすればなんとやら。師匠の師事を求めて二宮隊の隊室が開かれた。パッと立ち上がった辻は急いで飲み物を用意しに行く。雨が降っていたらしく、ナマエの体は少し濡れていた。運よく使わなかったタオルを手渡して目の前にマグカップを置く。濡れているのは換装すれば解決することだが、濡れたナマエの体をそのままにはしたくなかった。

「師匠の匂いがします!」

この子は何を考えているのだろうか。何も考えていないのだろうな。辻のタオルに顔をつけて胸いっぱいにその香りを吸い込んでいる。辻は見ただけでいっぱいいっぱいになって顔を真っ赤に染める。
今、彼女の肺の中を、自分の香りが満たしている。体の内側からナマエを支配しているような気になって、おかしくなりそうだった。

「ナマエちゃーん、換装しないの?」

余計なことをと犬飼を睨む。しかし犬飼は肩を竦めるだけ出反省している様子はなかった。


「あ、そうでした」

やはりナマエはすぐに換装してしまった。一瞬迷ったように辻のタオルを見て、洗濯して返しても良いですか?と問いかける。

「ぅあ、や、俺がする、から良い、です」

ナマエの手からタオルを受け取り、少し濡れたそれをカバンの中に押し込む。少し体操服が濡れてしまうが、ナマエを拭いたタオルから濡れるというのなら体育服も本望だろう。
もしかしたらこのタオルはナマエの香りを吸い込んだかもしれない。そうなると自分のカバンの中にナマエの香りを閉じ込めていることになる。悪いことをしているようだ。ショートしそうになる頭を無理やりお起こして必死に抵抗する。

「ぁ、ミョウジさん、明日のランク戦、見に、こない?」
「良いんですか!?」
「昼、だし」

以前渋ったのは夜だったことと、自分が送れないからだった。昼にあるランク戦を見にきてはいけないと言う理由はなかった。楽しみです!と跳ねるナマエは、自分の師匠の実力を見ることができることに嬉しそうだった。早く明日にならないかなぁ、と呟くナマエの唇はココアで濡れていた。それがなんだか色っぽく見えて近くにあったティッシュを数枚掴み、ナマエに差し出した。氷見の視線は拭ってやればよかったのに、と言っていたが辻がそんなことをできるはずもなく、気付いたナマエは恥ずかしそうに唇を拭った。

「そういえば私今換装体だから太りやすいんですよね・・・」

自分の体を見下ろしているが、太っていると思ったことはない。むしろ好みの体型だった。もちろんそんな変態じみたことは言えずに、気にしなくて大丈夫、太ってないよ、と吃りながら伝えた。少し前のことを思い出して拗ねるナマエを宥めていたら、報告書だと思われる数枚の紙を持った二宮が作戦室に入ってきて、明日はランク戦だから早く帰るようにと伝えてくる。あまり遅くなるのもな、と思って辻はナマエを連れて帰路をたどった。




「っミョウジさんの家って、警戒区域の近く、なんだね」
「前住んでたところはそれこそ今は警戒区域内なんですけどね・・・・。広がっちゃってすめなくなっちゃって、少しでも元の家が見えるところが良いな、って」

眉を下げるナマエに何も聞くことが出来ずに扉の中に入るのを見送る。自分が気絶している間に洗剤を持ってくるほどだからボーダーから近いとは思っていたけれど、こんなに警戒区域スレスレに住んでいたなんて。誘導装置も完璧じゃないから少しでも誤差があれば被害に遭ってしまうような場所だった。それだけ元の家に思い入れがあるのかもしれない。
今は無理でもいつかはナマエのことを全て知りたいと思った。

いつかは、では遅いことを分かっていなかった。




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