「ありがとうございます!」
「あぁ」

聞き覚えのある声が耳朶を打った。テスト期間、人気の少ないラウンジで、聞こえるはずのない声が聞こえる。彼女がここにいるはずがない。そう思うのに体が勝手に動いて振り返ってしまう。

「これで今回のテストは良い点数が取れそうです!師匠」

ああ。嘘だと言ってくれ。声の主は辻が会いたいと切望していたミョウジナマエだった。











「師匠、テスト期間は勉強に集中したいので訓練に来れないです!」
「ぁ、分かった」

ここで勉強すれば良いよ。そんなことを言えるはずもなく辻はナマエの言葉に頷いた。彼女が学校でどれほどの成績なのかは分からないが、赤点を取ったら補習でもっと会えなくなってしまう。ナマエのテストの邪魔をすることはできなかった。ナマエに会いたい。声を聞きたい。一目でも見たい。一つ下の学年へナマエを探しに行っても毎回教室にいなくて、避けられているのかと疑ってしまうほどにすれ違いになった。彼女はどこへ行っているのだろう。学生が多い中でテストだからと防衛任務から外されることはなくて、二宮以外の二宮隊メンバーはプリントやら参考書やら問題集やらを持ち込んでの集合となった。夜の10時に無事防衛任務を終えて犬飼と二人ラウンジへ向かう。持参したパンが入った袋をガサガサ言わせながらため息を吐く。

「流石にテスト期間の防衛任務はきっついねー」

ぐるぐると解すように肩を回す犬飼に同意し、腰を下ろす。もそもそと口に含んだ甘いメロンパンは勉強やら任務やらで溜まった疲れを少し癒してくれた。テスト期間だからだろう。すぐ近くから問題の解説が聞こえた。一年前に習った覚えがあるもので教わっているのは一つ年下の後輩のようだった。

「ありがとうございます!」
「あぁ」

鈴の鳴るような声。

「これで今回のテストは良い点数が取れそうです!師匠」

しかしその呼び方は自分にだけ向けられたものだったはずだ。ミョウジナマエの師匠は自分だけだったはずだ。

「ちょ、辻ちゃんっ!」

立ち上がった辻には犬飼が引き止める声が聞こえたけれど、そんなもので立ち止まれるほどナマエに向けている感情は生ぬるく無かった。

「どういうことですか。ミョウジさん、風間さん」

二人の使っている机に手をつく。初めて辻がナマエのことを吃らずに呼べた瞬間だった。

「あ、師匠!」

いつもなら癒されるその声は今はただ耳にさわる。ナマエもいつもと様子が違う辻に気付いて、戸惑ったようにもう一度辻を呼んだ。

「ミョウジさんの師匠は俺、だよね?スコーピオンも使うようになったの?孤月も使いこなせてないのにはまだ早いと思うけど」
「いたっ」

掴んだナマエの手首がみしりと音を立てる。ふるりとナマエが震えたけれど辻にはそれに気付かなかった。

「辻。それは束縛しすぎなんじゃないか。ナマエは俺に勉強を教わっていただけだ。」

ナマエの前に座っていた風間は宥めるように辻の手を取る。痛がっているぞ、と言えば辻はハッとしてその手を離した。

「ご、ごめ、ミョウジさん、そんな、つもりは、」

お互いに生身であったためにナマエの白い手首にくっきりと赤い手形がつく。しばらく残るであろうその跡に少し辻の中の何かが満たされるが、それを打ち消すほどの恐怖があった。嫌われたかもしれない。自分から離れていくかもしれない。現にナマエは風間を師匠と呼んでいたし、同じ学校の一つ年上の辻に勉強を聞かなかった。胸の中にぽっかりと穴が空いたような喪失感に襲われる。

「ぃ、いえ!あ、あのっ私スコーピオン使うとかじゃなくて!風間さんに勉強を教えていただいてて、少しふざけて師匠って言ってただけなので、そ、その・・・・」

私の師匠は、先輩だけ、です、とナマエは控えめに辻の服を掴んだ。胸の内側から頭の先、足の先まで熱が広がる。暗く見えていたラウンジが色を取り戻したように鮮やかに見えて、冷えていた指先が温かくなった。

「べ、勉強、も俺に聞いて。一年前に習ってるし、風間さんより記憶はまだ残ってる、と思うから」

全部俺に、聞いて。俺だけを頼りにして、俺だけを支えにして。俺を君の世界の中心にして。そんな重たい想いは腹の奥に押し留めて、ナマエに一歩近付いた。ふるりとナマエの睫毛が震える。この瞳に映るのが自分だけならどんなに幸せだろうか。
辻は俺以外を頼らないで、という意図だったのだが、それはナマエに違うように聞こえたようで、風間さんも忙しいですもんね、と少し落ち込んだ。

「理解が早いし太刀川に教えるよりは有意義な時間の使い方だ。問題ない。」

辻がナマエに向けた感情が束縛であるということには気付いているのに、言葉の意図を正しく理解できなかった風間は表情を変えることなく頷いた。辻の後ろからそっと様子を窺っていた犬飼は、うわぁ、と顔を顰める。辻がナマエに向ける感情は師匠としては相応しくなかったし、風間がそれを理解できるとは思えなかった。可愛い後輩だしな、となんの裏もなく笑ってナマエの頭を撫でた風間に辻はぎり、と歯軋りをする。辻がナマエを思う気持ちは決して綺麗なものではなく、重く、暗かった。

「ま、まぁ、復習にもなるし、ナマエちゃんの唯一の師匠なんだし?辻ちゃんが教えれば良いんじゃない?うちの作戦室ならラウンジより人目も少ないし、集中できるんじゃない?」
「それならうちの作戦室に、」
「何をしている」

うちの作戦室にくれば良い、と言う風間の言葉を遮るように二宮が到着する。テストがないにも関わらず二宮も残っていたらしい。風間に気づいた二宮は挨拶をして、どうした?とふてぶてしく尋ねた。ナマエちゃんがどこで勉強するかで少し、と犬飼が言葉を濁すと二宮は机の上にある教科書に目を移した。

「この範囲であれば教えられる。うちに来い」
「へ、は、はい!」

こくんとナマエは頷いてありがとうございました、と風間に頭を下げた。多分ナマエが素直に動くことになったのは二宮の言葉が提案ではなく命令形だったからだ。風間がうちに来い、と言い切っていたら風間隊の元へ向かっていただろう。二宮さんナイス、と犬飼は心の中でスタンディングオベーションした。今、二宮隊の作戦室にはナマエに勉強を教えることができる者が揃っている。風間もそれなら、と納得して、自分に向けられたつむじに手のひらをのせた。
机の上に広げられていたのは、数学と英語。明日のテストの科目なのかもしれない。ナマエは丁寧に消しゴムのカスを拾ってゴミ箱に捨てに行った。

「風間さん、俺の弟子がお世話になりました」
「少し教えただけだ。世話したというほどでもない。それに以前からのことだ」

辻の無意識のマウントに風間は気付くことなく答えた。しかしその答えも辻にとってはマウントだった。その場で始まるマウント合戦に気付いたのは犬飼だけで、二宮は何をしているんだ、と首を傾げた。

「科学は点数取れそうか?」

帰ってきて筆記用具を詰めるナマエに二宮が尋ねた。ジッとペンケースのチャックを閉じてナマエは答える。

「二宮さんのおかげです!」

しん、と静まり返る。二人の無意識マウント合戦を制したのは、乱入したダークホース二宮だった。




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