『まずい。ナマエちゃん辻ちゃんのこと恋人だと思ってない』
『辻くんの反応は!?』
『放心状態だ。とりあえず二人でのボーリングは止めないと!』
「ナマエちゃーん、俺もボーリング行きたいんだけどご一緒していいー?」
「ぜひ!この際誰が一番なのか決めるのも悪くないですね!」
むふむふと変な笑い方をするナマエちゃんはことの重大さを理解していない。やっと手に入れたと思った好きな人。それがたった今、実は掌からすり抜けていたことを知った辻ちゃんは何をしでかすか分からない。
「次の土曜日を空けておけ」
「ちょっと二宮さん。いくらなんでもナマエちゃんの予定は聞いておくべきではないですか?」
犬飼の言葉に氷見もそうですよ!と相槌を打つ。
こんなに隊室に入り浸って入るものの、ナマエは二宮隊ではない。防衛任務は優先的に二宮隊と組んでもらうように申請はしているものの、都合が合わなければ他の隊と組んだりもする。ボーダーのことに限らず、ナマエは高校生である。友達との予定だってあるだろう。同じ隊であればほとんどの予定を把握していると言っても過言ではないが、彼女にだって彼女の都合があるだろう。
「こいつの予定なんぞたかが知れている」
「あ!二宮さん酷いです。・・・共有カレンダーで私の日程なんて知っているはずなのに!」
ばき、と硬いものが割れた音。震える氷見が恐る恐る振り向けば何故か外れているマグカップの持ち手だけを持った辻がフルフルと震えている。
「し、師匠!危ないですよ!もっと気をつけてください!あ、血が!」
ナマエはパッと立ち上がって辻の手にハンカチを当てる。少し欠けた持ち手の破片で切ったらしい。
「ミョウジさん。二宮さんとカレンダー共有してるの?」
「はい!その方が防衛任務入れるのに便利だからって・・・。特に知られて困ることもないですし」
「俺と位置情報共有アプリ入れるのは嫌がったのに?」
「嫌じゃないですよ?ただ特に位置情報を共有する意味がないじゃないですか」
青ざめた唇でボソボソとナマエを責める辻だが、ナマエは責められていることに気づかずに首を傾げる。そろそろまずいと犬飼が間に入ろうとした時、ナマエは辻の頬にぴたりと手を当てた。
「師匠顔が青ざめてます。そんなに出血はそんなにひどくはないですけど・・・。横になった方が良いのでは?」
その瞬間辻の頬はボッと赤く染まる。あれ?気のせいでした?と首を傾げながらも自分より随分大きい手を引いたナマエはベイルアウト用のベットに向かう。そして迷いなく辻の使うベットに腰をかけてポンポンと太ももを叩いた。
「どうぞ!」
あわあわと狼狽える辻だったが何を考えているのかよく分からない顔でナマエの太ももを見つめる二宮を見て覚悟を決める。
「し、失礼します」
内心吐きそうなほど緊張していたが、この感覚を脳に焼き付けようと全身全霊でナマエを感じる。スーっと吸い込んだ息を吐き出したくなくて呼吸を止める。
「それは逆に寝づらいんじゃないか?」
またしても余計な一言を言い放つ二宮に犬飼と氷見は軽く殺気だつ。
「・・・確かに。ベットが硬いからクッションになれればと思ったんですけど・・・」
「それならここにブランケットが、」
「おーっと!それは俺が葡萄の汁飛ばしたやつ!」
「ここにもう一つ、」
「あーっ!それは犬飼先輩が我慢できなかったやつ!」
「・・・犬飼先輩我慢できなかったって・・・・」
漏らしたんですか?とでも言いたげな表情をしていたナマエに今すぐに言い訳をしたくなった犬飼だったが、自分達の身を守るためにブランケットは使えないことにしなければならない。泣く泣くしてもいない粗相を自分の責任として、二宮隊を守った。
「仕方ない。俺のを・・・」
ゴソゴソと棚の中を漁り始めた二宮に次はどんな言い訳を・・・と全力で優秀な脳みそを回し始める犬飼と氷見。
「・・・洗濯中だ」
ドッと疲れ切った二人は無言で二宮の背中を押す。ナマエ用に置いておいた甘ったるいココアをマグカップに並々と注ぎ、疲れ切った脳を癒すことに専念する。
辻の・・・・いや、二宮隊の命運は良くも悪くもナマエにかかっていた。