「そろそろ休憩したらどうだ」
ペタリと地面に座り込んだ私を見下ろす赤い目はただただ心配の色をしていた。辻と会わなくなってからナマエは風間の元で特訓を受けていた。ナマエ自身師匠を変えたとは思っていない。自分の師匠は辻であると声高々に言いたい。しかし、彼に黙ってトリガー設定を変えて、同じアタッカーという分類ではあるものの、彼の専門外のスコーピオンを使っている今、こんな自分が彼の弟子だと名乗っていいのかわからなかった。
「もう一回だけお願いしてもいいですか?」
「・・・・お前、辻の弟子なんじゃなかったのか」
年下の女の子の話しているというのに目線を合わせたりせず、人によっては高圧的とも取れる格好のまま風間は尋ねた。
「弟子です、多分」
多分?と首を捻るが、ナマエだって分からないのだ。
「ちょっとミョウジさん。人の隊の隊長借りといてまだそんな勝率なの?風間さんもこんなやつに負けないでくださいよ」
「お前はミョウジに勝って欲しいのか。それとも負けて欲しいのか」
「風間さんに指導してもらっといて勝率低いのも腹立つしミョウジに負けてる風間さんも見たくないです」
「難しい注文しないでよ・・・」
「ていうかミョウジいつまでそこに座ってるわけ?まだ戦うの?休憩するの?それすごい中途半端なんだけど」
「辛辣だなぁ」
「まぁ僕たち防衛任務だから風間さんは返してもらうけど」
「それ先に言ってよ!」
「もうそんな時間か」
訓練室に現れた菊池原は風間さんを呼びに来たらしい。彼自身しっかりと換装しているし、後ろから申し訳なさそうにした歌川くんが顔を出していた。オペレータールームにいる三上先輩にもしっかり挨拶をして風間隊を後にする。換装を解いて、そういえば次の防衛任務はいつだったっけ?とボーダー端末を確認するためにカバンを漁る。お目当てのものを見つけて取り出すと目にしたのは辻からの着信履歴。
バクバクと心臓がうるさく脈打つ。なんの電話だろうか。勝手なことをする弟子はいらないという電話だったかもしれない。裏切り者の顔はもう見たくないと言われたらどうしよう。二度と離したくないと思ってしまった温もりをもう感じられなくなってしまうかもしれない。そんなことを言われてしまったら私は・・・・
「ぁミョウジさん!」
聞き間違えるはずもない大好きな人の声がした。あんなに焦った様子で何を伝えにきたのだろう。自分からまた一人大切な人が消えるかもしれない。そう考えただけで体の震えが止まらない。
ぱちりと目があって思わずかけだした。彼からの言葉を聞かなければまだ離れなくていい。そんなわけないのに生身のまま必死に走った。久しぶりの全力疾走で肺が痛い。高校生になってからこんなに息が上がるまで走ったのは初めてだった。
「ミョウジさん待って!」
次の一歩を踏み出そうとした時、首元に孤月が突きつけられた。生身だったら孤月の刃は通らないことを知っているのに思わずひっと喉が引き攣った。
「待ってよ・・・」
想像していたよりずっと近くから声がして振り向けば、辻が両手で持った孤月と自身の体でナマエを挟むようにして立っていた。
「し、師匠・・・?」
「に、逃げないでよ」
ずず、と鼻を啜りながら自分を引き止める辻にナマエの動きはぴたりと止まる。
「お、俺と、一緒にいて」
どくどくと自分の血の巡りを感じる。辻の言葉を頭の中で反芻して唇を噛み締める。
「い、いんですか?」
「一緒にいてくれないと嫌だよ」
「師匠、私・・・」
「あー!!!!辻ちゃんがナマエちゃん襲っとる!!!!」
顔を寄せたナマエと辻の間を生駒の大きな声が駆け抜ける。サッと辻が孤月を下ろしたのと同時にざわめきながら数人がこちらにくるのを感じた。
「ミョウジさん!と、とりあえず作戦室に!早く!」
「は、はいぃ!!!」
辻の声で我に帰り一瞬にしてカバンからトリガーを出せたのは本当に奇跡だと思う。反射的に換装して辻の孤月を一緒に掴んで二宮隊の作戦室へ走る。
「ナマエちゃん・・・」
作戦室に入れば何やら書類の整理をしていたらしい氷見と目があって、バサバサとその書類が床に広がっていく。慌てて拾えば氷見は本物だ、と呟く。二宮はもう汚れはないというのになんとも言えない顔でテーブルを拭いているし、犬飼はにこにこと笑っているけれど少し疲れている様子だ。ナマエが来るまでに二宮隊では何があったのだろうか。真相は彼らだけが知っている。