例えば荒船先輩と村上先輩。例えば犬飼先輩と若村。太刀川さんと忍田本部長だって、どこかかたい絆で結ばれているように見えた。沸いて溢れた独占欲を満たすために自分と彼女を結んでおきたかった。戦っている姿を見て恋に落ちて、怯えた姿を見て恋に落ちて、目があってまた恋に落ちて、どこまでも堕ちて抜け出せなくなる。四肢を落とされて動けなくなった姿が可哀想で可愛くて、泣いて縋る姿に胸が高鳴った。彼女との師弟関係はあまくて、脳髄を溶かすほどの幸福を与えてくれた。でもそれだけじゃ足りなかったみたいだ。結局彼女が頼ったのは師匠の俺ではなく迅さんだった。どうすれば彼女は俺を一番にしてくれるんだろう。彼女を自分に縛りつけるために一番良い関係は何だろう。愛おしくてたまらない明るくて優しくて、でも繊細な女の子。ずっと俺のそばにいてくれたら良いのに。
誰に言われても変えることのなかった俺とお揃いのトリガー構成。迅さんに言われたら簡単に変えてしまうんだね。お揃いを喜んでいたのは俺だけだったのかもしれない。キラキラと輝いていたトリガーが急に色褪せて見えた。
「辻ちゃんはさ、結局ナマエちゃんの何になりたいわけ?」
「俺は・・・・」
「ナマエちゃんを縛り付けたい、だっけ?師弟関係じゃ絶対できないよ。無理無理」
トリオンで作られた銃を手に馴染ませるようにいじっている犬飼は呆れたように笑った。
「どういうことですか?」
「弟子っていつか独り立ちするもんじゃん。俺たちはその手助けをしないといけないわけ」
「独り立ち・・・」
「結局早いか遅いかの違いでさ、べったりくっついて師匠師匠って後を追いかけ回す時期はいつか終わる。弟子には弟子なりの考えだったり思考があるんだからそれを奪うことはできない。・・・要するに、もう師匠としての辻ちゃんはあの子に必要ない」
硬く握りしめた指先が手のひらに食い込む。しかしトリオンで構成されるこの体に傷がつくことはない。
「・・・・どうすれば彼女の特別になれますか?」
かちゃりと音を立てて持ち上げられた銃の引き金に細い指がかけられる。
「あるでしょ。彼女を縛りつけることができて、かつ特別になることができる一番の方法」
銃口を向けられた辻は困ったように眉を寄せた。
「それが分からないから相談してるんです」
「辻ちゃんは分かってるでしょ。ただ一番の苦手課題だから逃げようとしているだけで」
視線を下に下ろせば視界に入るのは彼女が好んで飲んでいた甘いココア。ナマエが隊室に来なくなってからも切らしたことは一度もない。犬飼は話は終わりだとでも言わんばかりに換装を解いて机に突っ伏した。弄んでいた銃は消え、その姿は真っ黒なスーツから見慣れた制服へと変わった。
「辻ちゃんさー」
「はい」
「早くナマエちゃん連れて隊室来なね」
「・・・はい」
「あの子ウチの隊の・・・・ペット?みたいなものじゃん」
二宮に頭を撫でられて空想の尻尾をぶんぶん振り回すナマエが頭の中に浮かぶ。
「こういうのは普段首突っ込まないけどさー。あの子いないと寂しいよね」
「・・・ミョウジさんは二宮隊のではありません。・・・俺の、です」
「俺のっていうには辻ちゃんの立場だと主張できる権利が薄い気がするけどねー」
はは、と小馬鹿にしたように笑う犬飼を軽く睨みつけて辻は立ち上がった。少し着崩れたジャケットを着直して隊室を出る。今日ボーダーに来ているのか知らないし、自分が彼女にいうべき言葉も見つからない。だけどこれだけは確かだった。
彼女の隣にいるのはいつだって自分が良い。