「辻くんナマエちゃんと喧嘩中なんだって?」
トントン、とボーダー用の端末をいじる氷見は呆れたように言った。
「確かに師匠に何も言わずにトリガー変えてたナマエちゃんには驚いたけどこの間迅さんが説明に来たでしょ?」
犬飼は許してあげなよ、と書類をめくる手を止める。二宮さんはまだ来ていない。
「許す、とかじゃなくて、ミョウジさんにとっては俺との師弟関係はその程度だったのかって思ってしまって・・・・。師匠と弟子だったらしばらくは彼女を俺に縛りつけることができると思ってたので、ちょっとショックを受けたというか・・・」
「あー・・・・」
「だから師弟関係以外でもっとミョウジさんと強い関係を結べるものはないのかって思って・・・」
照れたように俯く辻に氷見は鳥肌が立つ。犬飼先輩も嫌だけど辻くんもないわ・・・・。重すぎる。確かに軽いよりは良いかもだけど極端すぎる。ここまで来て恋人になりたいって言わないあたりも怖い。
トークルームに打っていた字を止めかけた。
『師匠に嫌われちゃったかもしれないって思ったら怖くて・・・・』
帰ってきた返事を見て打っていた内容を送信することを決意する。ナマエちゃんにはこれからも二宮隊にきてほしいし、一応友人である辻くんにも幸せになってほしい。些か彼の想いは強すぎる気がするが、暗い過去を持つ彼女にはそれくらいが良いのかもしれない。
目の前にあるパソコンに表示されているのはミョウジナマエのボーダーでの経歴。オペレーターの中でも限られた者だけが閲覧することができるそれには三門ではありがちだが到底一人では抱えきれないであろう辛い過去が記されていた。二宮隊と任務が被るようにという届出を出さなければ氷見にも閲覧権限はなかったそれを、ナマエの意思とは関係なく氷見は知ってしまった。
辻くんはナマエちゃんのこと嫌いになってないよ。そういうことは簡単だ。でも第三者が勝手に人の想いを伝えることは良くないから。
『私はナマエちゃんのこと好きだから辻くん関係なしに二宮隊の隊室にきて欲しいな』
私から言えることだけを伝えさせてね。