大規模侵攻中の二宮隊捏造







警報が鳴り響く。外を見れば多数のゲートが開くところで反射的にポケットの中に入っていたトリガーを握りしめた。いつも以上に近く多いゲートに、クラスメイト達が騒ぎ立てているのが聞こえる。


「ナマエちゃん、ボーダーだよね?公式のホームページに名前が載ってた!」
「ここに残って私たちを守ってよ!」
「それじゃあミョウジが他のところが守れないだろ!」
「だったら他のところを守るために自分たちが死んじゃっても良いって言うの!?」
「そう言うわけじゃないけど・・・」

人間が自分の命の危機を察知した時の生存本能なのだろうか。どこまでも他人を省ない自分勝手な言葉。だけどそれを責めることなんてできない。私だって自分の身も守ることのできないような立場であれば、同じことを思っていたかもしれないから。

「みんな、先生に指示に従って。先生はなるべく基地から遠くに避難させてください!」
「私たちを見捨てるの!?」
「ちょっと、そんな言い方、」
「見捨てないために行くの」

震える手でトリガーを握りしめる。基本B級以下の隊員は、チーム全員が揃うまで出撃は禁止だ。私はソロであるが、防衛任務でよく二宮隊と一緒になるように申請してあることが多いためか、二宮隊とともに出撃することになっている。同じ学校である師匠と犬飼先輩との合流は容易だった。しかし二宮さんはちょうど大学に行っているため、二宮隊は揃わない。

「とりえあえず本部に向かおうか」

年功序列ということで犬飼先輩の指示に従う。今通信室は忙しいだろうからなるべく通信を繋がない方が良いだろう。出撃が不可能な場合は基本避難誘導か、本部への集合が命令されているから判断を間違えているということはないと思う。うちの高校にはC級も、ソロのまま他の隊との合流を命令されていない者もいるため、その数人が誘導に回る。今私がするべきことはきっと二宮隊との連携だ。ぐっと孤月を握りしめようとしたところでいつもと同じ位置にそれがないことに気付く。トリガー編成を変えたことを忘れていた。真剣な顔で犬飼先輩の指示を聞く師匠を見ながらトリオン体のはずなのに背中に冷や汗が伝うのを感じる。幸い近くにトリオン兵は現れていないため、基地に走るのに邪魔だということにしておけばまだバレない。トリガーの編成を変えること自体は悪いことではないのだが、師匠に無断で変えている。しかも少し前にスコーピオンを使うことを反対されたばかりだ。不安と焦りで頭の回転が悪くなっているのを自分でも感じる。いつどこでネイバーと遭遇するのかも分からないのにこんな状態じゃただのお荷物だ。

「ミョウジさん?」

怪訝な顔で控えめにこちらを覗き込んでくる師匠にびくりと肩が跳ねる。

「・・・・ほら。早く走るよ」

何かを察したらしい犬飼先輩が師匠と私の背中をバチンと叩いた。その勢いのまま走り出して、大型のトリオン兵からの攻撃を受けている本部へ向かう。一刻も早く辿り着かなければオペレーターやエンジニアの人たちは自衛の手段を持っていない。ここは隠さずにグラスホッパーを使って先に行くべきかとも思ったが、そもそも単独行動の許可は降りていないし、わざわざ使い慣れたわけでもないグラスホッパーを使わなくても良いだろう。
二人の黒いスーツの後ろにぴたりとついて走る。

「あー、この辺は被害でちゃってるね」

今まで普通に生活してきたであろう人達の家がみる影もないほどに崩れている。あのゲートの数にしては軽い方だとは思うが、ここに住んでいた人達からしたらそんなことは言っていられないだろう。
崩れかけの屋根を走りながら視線を下ろす。道路には亀裂が入り、公園の遊具はひっくり返っている。崩れたコンクリートが積み重なって、山のようにひとまとまりになっている場所もある。

「・・・・・けて」

小さな声が聞こえた気がして立ち止まる。

「辻ちゃん?」

私が立ち止まったことに気付いた師匠が振り返り、それを見た犬飼先輩も止まる。

「たす、けて!」

今度は確かに助けを求める声が聞こえて、二人に伝えようと口を開く。

「どこかに人が、」

どこかに人がいます。
最後まで言えないままヒュッと息をのむ。今まさに雪崩が起きようとしているコンクリートの下に、子どもの姿を見つけた。

「絶対にグラスホッパーだけはつけて」

後悔したくないのならね。
そう付け加えた迅さんの言葉の意味が分かった。今ここで使わなければ、目の前で助けられる命を失ってしまう。

「っミョウジさん!?」

考える暇なんてない。返事をする余裕なんてない。まだこのトリガーの編成に慣れているわけでもない。それでも体は反射的に動いた。
今まさに子どもの上に覆い被さろうとしていた瓦礫をスコーピオンで固定して、僅かに残った隙間の中に自分の体を入れ込む。すぐに暗くなった視界に、閉じ込められたことに気付く。体には確かな重さを感じるが、腕の中にある熱にほっと息を吐く。

「大丈夫だよ。あなたのことはちゃんとお母さんの元に届けるから」

頭の中に血に塗れた自分の母親がフラッシュバックする。大丈夫だ。ボーダーは前よりも力を増している。この子の母親はきっと無事だ。

「私達のことは見捨てたくせに」

その姿がクラスメイトへと変わり、裏切り者だと私を指差す。ミョウジナマエは裏切り者。母親のことも、クラスメイトのことも見捨てた裏切り者。そう言って私を指す無数の指。その先に赤い液体が伝って地面へと流れ落ちる。気付けば周りは血の海だった。

「お、姉ちゃん?」

腕の中に感じる熱に縋り付くように抱きしめた。暗闇が怖かった。

「大丈夫。大丈夫だから」

自分に言い聞かせるための言葉だった。そうでも言っていないと本当にどうにかなってしまいそうだった。

「ミョウジさん!!!」

ガタリと音を立てて瓦礫が避けられて光が差した。伸ばされた手に縋りつきたかった。

「師匠!この子を!」

自分の上に乗ったままの瓦礫を退けて、子どもを預ける。

「お姉ちゃんも、」
「私も後で行くから。大丈夫」

にっこりと笑って頭を撫でる。この子は生身で私はトリオン体。怪我をすることなんてない。何が優先されるべきかなんて分かりきっている。ベイルアウトという最終手段もある。当たり前のことをしたのに、師匠の表情は悔しそうで、泣きそうにも見えた。

「ミョウジさん!早く!」

伸ばされた手をぎゅっと握りしめると最も容易く引き上げられる。

「し、しょ、」
「ミョウジさん」

掠れた声が耳のすぐそばで響いて、自分が抱きしめられていることに気付いた。

二宮隊のランク戦を見た後とは違って、過呼吸になっているわけでもなければ泣いているわけでもなかった。それでも繋ぎ止めるように力強く抱きしめられて、どちらも生身ではなく血の通わないトリオン体なのに、命の脈動を感じた。
気付かないうちに骨張った背中に巻きつけていた自分の両腕。

あぁ、どうしよう。もう二度と離せる気がしない。




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