翌日の練習はいつもにも増してハードだった。
体調不良で倒れてしまうくらいには。
「研磨!大丈夫!?」
パタパタと忙しなく動き回っていたナマエは自分の顔色には気付いていない様子で慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「ミョウジさん、孤爪と一緒に保健室行って休憩してきたほうがいいかも」
赤葦はよく他人の顔を見ている。音駒のサポートは梟谷のマネがするからとまで言われてしまえばナマエは断れない。
二人揃ってふらふらとおぼつかない足取りで保健室に向かった。
休みの日に保健室の先生がいるわけもなく、それなのに保健室が開いているのはバレー部だけでなく他の部活動もあるからだった。ナマエにベットに寝転ぶように言えば拒否されたが、早く元気になった方が戻れると言えば大人しく横になった。研磨も横になりなよ、と言われるが俺はたくさん休みたいから早く治らなくていいし座っとく、と別にそんなこと思っていないけど嘘をついた。ナマエの顔を近くで見るために。
「ねぇ、ナマエ。ナマエの好きな人って俺?」
明らかに話への入り方がおかしかった。前置きもなければ恋バナをするような性格でもなかった。それでもこれは聞かなければならないことで、知らなければいけないことだと思った。最後の賭けだった。ナマエの行動を一つだって見逃さないように、彼女の出す音を聞き逃さないように神経を研ぎ澄ませた。ふ、と息を吐く音が聞こえる。
「違うよ?」
どうしてそんなこと思ったの?とナマエはおかしそうに笑う。嘘がつくのが下手な彼女は小さな癖を一つだけ残して上手く嘘をついて見せた。
気のせい、たまたま、でも済まされるような小さな癖。小さく聞こえる空気が漏れ出る音。それでも好きな人の癖を見つけ出すには数年あれば十分だった。
「俺はナマエのこと好きだよ」
突然の雰囲気も色気もない告白に一瞬ナマエの瞳が揺れる。
「そっか。ありがとう。でもごめんね」
俺はナマエの愛の重さを測り違えていた。思っていたよりナマエは俺を愛していたし、自分の感情を押し殺していた。例え想いあっていても結ばれる気は無いのだ。全ては俺を縛らないために。それすらも隠し通して。
「ずっと幼馴染として一緒にいてほしいな」
その言葉は優しい嘘だった。ナマエは俺と一緒にいてくれる気すらなかった。へらっと眉を下げて笑うナマエが何を考えているのか。今なら手に取るように分かった。
「嫌だ」
頷いてもらえると思っていたのかキッパリと断るとナマエは目を見開いた。
「俺は一生ナマエと一緒にいたいと思ってるし、自分の人生にナマエを縛りつけたいと思ってる。」
ぎしっとベットが鳴いた。逃げ場のないナマエに顔を寄せるとちゅ、と軽く唇を落とした。これで番になれるなんて思ってない。その口付けはただナマエに自分の覚悟を見せるためのものだった。
「無理だよ。そんなの」
ナマエはぐいっと布団を顔の上まで持ち上げて隠れた。
「ずっとだなんて約束できないし、一生好きでいてもらえる自信なんてない」
掠れる様な声で呟く。確かに絶対はないし、高校生から付き合って結婚して、添い遂げる人の方が少ないだろう。でも自分の愛が軽くみられることは許せなかった。
「俺さ、ナマエはクロのことが好きなんだと思ってた。」
「・・・」
「でもナマエがクロとくっつくように動くことはできなかった。二人が番になれば治るって思ってたのに治らなくてもいいって、ナマエがずっと一緒にいてくれたらそれでいいって思ってた」
ナマエは目を見開いた。最低だ。嫌われるかもしれない。気持ち悪がられるかもしれない。そう思ったけど、今、伝えないといけないと思った。
「クロの血を飲んだ時、嫉妬した。ナマエは俺で生かされてるんだと思って喜んでたから。他のやつの血を飲んで欲しくなかった。だからナマエは血液パックでもいいって言ってくれたけどそれも嫌だった」
するりと柔らかな頬をなぞれば不安げに見上げてくる。
「俺が縛り付けられるんじゃないよ」
逃げられないようにナマエの頭の横に手をつく。
「今までもこれからも俺がナマエを縛り付けるんだから」
受け入れてよ。ナマエ。
柔らかな唇に噛み付いた。