「研磨はナマエちゃんに告白しねぇの?」
木兎さんの元気な声が響いた。ちょうどみんながお風呂に入っている時間で、部屋にはいち早く風呂に入ったクロ、烏の行水の木兎さん、まだお風呂に入っていない俺しかいなかった。荷物の整理をしていたクロも動きを止めてじっとこちらを見つめている。こういう話をするとうるさく騒ぎ出すクロだけど大人しく聞く姿勢でいるのは自分がナマエのことを好きだからだろう。
「しないよ。別に俺ナマエのこと好きじゃないし」
だから安心していいよ、と続けようとするとクロは明らかに怒りを含んだ声を出す。
「どういうことだよ」
「どういうことも・・・俺は何も、」
「ナマエはお前のことが好きだよ」
耳を疑うような言葉に呆然とする。あぁ、そうか。クロは勘違いをしているんだ。
「ナマエは、」
「ナマエはずっとお前を見てる。お前しか見てない。」
言葉を重ねられて黙り込む。
「黒尾、研磨の話も聞いてや、」
「お前はどんな時も冷静で、状況を客観的にみれて・・・だからセッターなんだろ」
クロは止めに入った木兎さんまでを黙らせる勢いで捲し立てる。
「なんであいつをちゃんと見てやれねぇんだ!あいつを見ろよ!」
ぞわりと体中の毛がたつ。俺が一番ナマエのこと見てるよ。おかしくなるくらいに。他の男の話をするだけで、目を合わせるだけでムカつくのに。
「ナマエは研磨が一番自分を見てくれるって言ってたけど違ったんだな」
ハッと鼻で笑うクロを睨む。
「俺が一番あいつのこと見てやれてんじゃん」
ほとんど泣いているような鼻声で続ける。
「あいつはもう自分の好きな人に告白することすらできないんだよ」
キスをしても治らなかった。俺はナマエに番だと思ってもらえなかった。そう言いたかった。だから絶対にナマエの好きな人は俺ではないのだと、伝えようと思った。でも本当にナマエが俺のことを好きだとしたら。優しい彼女は何を考える?ナマエは俺とは違う。自分の好きな人を自分に縛りつけることをよしとするか?ナマエからの告白は一生の約束を願うようなものだ。ただ好きなだけでも、自分の気持ちを伝えたいだけでも、人生をかけた重い意味がこもってしまう。成人もしていない高校生の付き合いのように軽率に始めることはできない。自分たちが死んでしまうまで一緒にいようという約束であり、そうでなければならないと体を作り替えてしまうほどのものなのだ。
昔、キスをしたら治るの?と尋ねたクロに対しておばさんが言っていた。キスをするのは結婚する相手じゃないと、と。俺の気持ちはナマエには伝わってない。だとしたら、もし両思いであったとしてもキスをしたところで番にはなれないのだ。俺が一生を共にする決意をしていたとしてもナマエがそれを知らなければ何の意味もなかったのだ。俺の気持ちを思い知らせて、ナマエにも覚悟を決めさせなければいけない。
それは全てナマエが俺のことを好きである前提の話だけど。
ナマエが俺のことを好きだという確信はない。それどころか未だにクロのことを好きなのではないかと思っている。だけどそれは確実じゃない。分からないなら聞いてみればいい。