「症状が進んでます。太陽の下に行くと危険なので日に当たらないようにしてください。」
研磨の言う通り症状が進んでいた。ナマエには読むことのできない字が書いてある紙を見ながら医者は難しい顔をした。
「原因に心当たりは?」
「ないです」
「俺が必要以上に血を飲ませました」
記憶がないナマエは研磨が言っていることが本当なのかわからなかった。学校に行って気分が悪くなっててつろうが血を飲ませてくれて・・・そこまでしか覚えていない。研磨はなぜ私に必要以上に血を飲ませたのだろうか。飲みすぎたら症状が進むとは言われていなかったけれど、必要以上に飲ませる意味はないのに。研磨の様子を伺うがその伏せている瞳からは感情が読み取れない。
「少し研磨くんと二人にして貰えるかな?」
「・・・はい」
診察室を出て3分もしないうちに研磨が出てきた。気だるそうな表情に普段と変わった様子はない。
「帰ろ」
「早かったね」
「特に話すことはなかったから」
病院を出ると外は真っ暗で太陽が出ていないことにホッとしたのは人生で初めてだった。学校に行くのは日傘が必須かな。音駒高校生でたまに日傘をさしている女子をみかけるため、持っていても不自然に思われないだろう。外である体育だけは木陰で見学になってしまうけど。今日はまだ日に当たっても火傷するレベルではなかったがそうなるまで時間の問題だ。
「ねぇ、研磨。日傘買って帰りたい」
「うん」
これがてつろうだったら女の子なのに日傘もないのかと揶揄われたんだろうなと思うと今一緒にいるのが研磨でよかった。少し遅い時間だったためお店が混んでいることもなくスムーズに買えた。帰りの電車に揺られながら眠気に抗おうとスカートの上から自分の太ももをつまむ。
「・・・何してるの?」
「寝そうだから」
「ふぅん」
聞いてきたくせに興味なさそうな返事をする研磨にムッとして肩に勢いよく頭を乗せる。
「いたっ」
「バカでしょ・・・」
些か勢いが良すぎたようで硬い骨に頭部をぶつけてぐわんと脳が揺れた。研磨は呆れた様子だったが押しのけることはなくそのままにしている。頭部の痛みが治まるとすりすりと男子の割には華奢な肩に鼻先を押し付けるとふわりと嗅ぎ慣れた香りがする。
「寝るんじゃないの?」
「研磨の匂い眠くなるから」
今日は部活に行ってないから柔軟剤の香りしかしないけれどいつもはこれに制汗剤も混じっている。寄りかかったままじっとしていると瞼が落ちていく。
「おやすみ」
囁くような小さな声はもうナマエには聞こえていなかった。
「あれ?私・・・」
起きたら自分のベットの上で寝ていて首を傾げる。電車から移動した記憶がない。服装も制服のままで慌てて携帯を見ると朝の5時。これならお風呂に入れそうだ。替えの制服を持って階下へ向かうとちょうどてつろうがロードワークから帰ってきたところだった。
「昨日研磨に引きづられながら帰ってきてたよお前」
「え!?」
一応研磨に肩を借りて自分で歩いていたらしいが体力のない研磨にとっては良い迷惑だろうな。顔を顰めながら自分に肩を貸す研磨がありありと想像できる。面倒くさがっても最終的には毎回助けてくれるところが本当に好きなんだよね。
支度を終えてご飯を食べるとちょうど研磨を迎えに行ったてつろうが帰ってきたところだった。
「ナマエ学校行くぞー」
てつろうは毎日わざわざ研磨を迎えに行ってからまた家に戻ってくる。そんな面倒くさいことをせずに私と一緒に研磨を迎えに行けば良いのに・・・と思っていた時期もあったが研磨の寝起きを見たらそんな考えは吹っ飛んだ。
もうなかなか起きない。布団と一体化しているのではと思うレベルで布団から離れない。ある程度朝の時間に余裕がある彼だからこそ研磨を起こしに行くことができるのだ。可哀想なことに彼の寝癖についてはいくら闘っても治らないため多少諦めている。
てつろうが卒業したらどうするのか、と思うがそれは自分にも言えることだ。親離れならぬてつろう離れをしなくてはと気合いを入れる。
「おはよう、研磨」
「おはよう」
朝が弱い研磨こそ寝癖がついていそうなものだが彼の髪質は柔らかいため学校に着く頃には自然に戻っているらしい。その髪質を是非とも可哀想なてつろうに分けて欲しいものだ。
玄関には昨日買ったばかりの日傘が立てかけてあって、忘れることなく持っていくことができた。昨日研磨が置いといてくれたんだろうな。
「ナマエ今日はモップがけは研磨達一年に任せれば良いから」
「え。でも」
「元々マネ一人に対しての負担が大きかったから。昨日グループで言ったらみんな賛同してくれました!ってことでナマエモップがけ禁止!」
「あ、うん」
てつろうは昨日のうちに研磨から診断結果を聞いたのだろうか。グループのメッセージを見るとモップがけは一年がするということで反対意見は出ていない。実際にどう思われているかは分からないが今までナマエに頼りすぎていたと謝る者すらいた。最近体調を崩しがちだと思われてるんだろうな。間違ってはいないけど。
携帯を見るのが遅れたことを謝ってから礼を言うと、数人からグットスタンプが送られてきた。
「ナマエちゃん、体弱かったんだね!ごめん知らなくて色々任せっきりにしちゃって!」
流石に普通では誤魔化しきれなくなったらしく体が弱いとてつろうが説明をし、朝練では仕事をしようとするたびに強引に山本くんに取られたり、いつの間にか福永君や研磨に取られていたり。流石に先輩に仕事を取られそうになった時には断固拒否した。もちろんお礼は言った。気を使われすぎてこんなマネがいて意味があるのかとすら思う。せめてノートだけはしっかり取ることにしよう。ぎゅっとシャープペンを握りしめるとじぃっと練習風景をみつめた。