ナマエに番だと思ってもらえなかった。その事実が研磨の心をひどく苦しめた。
「原因に心当たりは?」
記憶がないらしい彼女は首を横に振るが研磨には分かっていた。
「俺が必要以上に血を飲ませました」
自分以外の血を体内に取り入れたナマエに腹が立った。俺のところに連れてこないで自分の血を飲ませたクロにイライラした。彼女の病気が進行した原因は俺のくだらない嫉妬。ナマエとクロがお互い想いあっていることは知っているのに気付かないふりをして、二人に気付かせないようにする俺に罰が当たったんだ。せめて幼馴染としてでもそばにいたいなんて言えない。俺に二人の隣にいる資格はないから。
「今日てつろうは一緒に帰れないんだね」
「てつろうってば私がとっておいたケーキ食べてたんだよ!」
「てつろうは過保護すぎるよね」
俺といる時のナマエの話の半分はクロのこと。ケーキを食べられた、と怒っても次の日には許してるし過保護すぎると言いながらも嬉しそうな顔をする。俺が従兄弟だったら俺のこと見てくれた?もっと一緒にいれたら俺のこと好きになってくれた?もしもの話をしても結果は変わらない。体力も身長も顔も明るい性格もクロのことを羨ましいと思ったことはないけれど、ナマエのことだけは嫉妬する。
「研磨くん、なぜそんなことしたのか教えてくれるかな」
血を提供することが嫌だったら遠慮しないで言っていいんだよ。ナマエを診察室から出したのはあまりにも見当違いな理由だった。むしろナマエの体に自分の一部が入ってナマエの体が俺で作られることに喜びを感じているのに他のやつを体内に取り込んで欲しくないのに。この人は何を言っているんだろう。可笑しくて口角が上がる。
「ナマエが俺以外で生かされるなんて嫌だから」
目の前にいる医者が息を呑むのが分かった。合わせた目を逸らしてナマエの元へ向かう。俺は二人の隣にいる資格はない。でもそれでも二人が許してくれる限りは互いの想いに気づくまでは近くにいよう。
「ナマエ、ナマエ。起きて」
「う、うーん・・・」
ゆさゆさとナマエを揺さぶるが深く眠っているようで目を覚ます気配はない。部活の時より遅いくらいの時間だし疲れるのも無理もない。脇に腕を差し込むと引きずるようにして電車を降りた。肩に自分のカバンをかけてるしナマエの荷物も持ってるしナマエ本人も引きずってるし・・・・疲れた・・・。ゆっくりとベンチにナマエをすわらせて荷物を落とす。
「はぁ・・・」
部活で走り込みをしているはずなのに体力のなさを痛感する。クロや虎とかだったら一気に家まで運べたんだろうな。・・・いや、俺は虎じゃないしましてやクロでもない。
「ナマエ、歩けない?」
「・・・できるー」
「あぶなっ!」
うーん、と寝ぼけながら唸るように返事した彼女は徐に立ち上がるとふらりと体が傾いた。間一髪で倒れそうになるナマエをキャッチする。いつも寝起きはそこまで悪くないのに相当疲れたのだろう。クロを呼ぶか迷ったけれど、家がすぐ近くということもあり、ナマエの腕を自分に後ろから抱きつかせるようにして首に回すとズルズルと引きずり始める。一応自分の足で歩いてはくれたが体重のほとんどは俺にかかっていたと思う。・・・しんどい。
「研磨・・・えっ!どういうこと!?ナマエ死んでる!?」
インターホンを押してすぐに出てきたクロがナマエを引き取ろうとしたがここまできたらゴールまで運ばないと気が済まない。荷物だけを預けると手を使わずに靴を脱ぎ、ナマエを引きずっていく。
「階段は流石に引きずるなよ・・・」
「分かってる・・・」
少しクロに手伝ってもらって靴を脱がせてナマエを背負う。・・・クロならお姫様抱っことか、できたんだろうけど。
どさっと雑に、でも怪我はしないように眠り込んだナマエをベットに放る。すやすやと寝息を立てて眠る彼女は子どものようで上から覗き込むと楽しい夢でも見ているのかへらっと笑う。その顔にぽたりと自分の汗が落ちて真っ白なものを汚い自分の欲で汚しているように見えた。
「で?何か言われた?」
クロの部屋に入って腰をおろすとすぐに問われる。
「・・・病気、進んでた」
「そうか」
病気を治すために必要なのは番とのキス。そう考えると今すぐにでもクロにキスをしろと言った方が良いのかもしれない。でもそうなるとこれから先死ぬまでお互いがお互いに縛られることになる。いや、本当はそんな心配はしてないのかもしれない。ただ、自分が二人から離れるのが嫌なだけだ。
「性格わる・・・」
「あ?なんて?」
「いや、なんでも」
幸い心から漏れた言葉はクロには聞き取られていなかったようで首を傾げられた。
「漫画とかの中じゃ吸血鬼なんて最強なのに吸血病は夜の住人になるだけなんて不便しかないよなー。吸血鬼というよりもゾンビに近いんじゃね?まぁ、それだったら俺たちも噛まれてるしゾンビになってるか!三人仲良く」
軽い口調でそんなことを言うのはナマエの病気を軽く見ているとかではなくて、気にしないように必死なのだろう。その何よりの証拠としてクロはグループトークにナマエだけに仕事を任せすぎた、マネも大変だから手伝おう、と打っている。それに対して承諾が多いのはクロやナマエの人徳だろう。ほんと、お似合いだよね。
「そろそろ帰るね」
「あぁ気をつけ・・・研磨」
「何?」
立ち上がった研磨の腕を黒尾が掴む。その顔はいつになく真剣な顔でハッと息を呑む。
「ナマエのこと、どう思ってる?」
「・・・・別に普通に幼馴染」
好きだ、と言いたかった。クロには嘘をつきたくなかった。でもそれと以上に言ったらダメだということも分かっていた。