「凪可哀想。今頃お腹空かせてるんじゃない?」
「うぅ。私も申し訳ないとは思ってるよ」

普段女の子と話すことなんてできないくせに幼馴染のこの子にだけはつい意地悪をいってしまう。彼女が落ち込むその姿を見て後悔する癖に、軽口を叩けるその距離がたまらなく愛おしい。

許可証を首から下げて普段入ることはない他校の階段を上る。どうやら彼女は弟のお弁当を間違えて持っていってしまったらしい。

「すみませーん。ミョウジ凪いますか?」
「お姉ちゃん!」

他の生徒から視線を浴びることを恥ずかしがって少し小さめの声で呼びかけた彼女に凪はすぐに反応する。
飼い主が帰ってきた犬のように走りよってきた彼に教室がざわつく。彼は普段の学校生活であまり喋らないらしいから、ブンブンと尻尾をふる姿は信じ難い光景なのだろう。

「ごめんね!間違えて凪のお弁当持っていっちゃったみたい」
「購買で買うから気にしなくてよかったのに。お姉ちゃんのお腹に入るならその弁当も本望だよ!」
「凪、家族が作ったものじゃなくても食べれるようになったの?」
「・・・・はは」
「ごめんね凪!!!お腹空いたよね。お姉ちゃん早く帰るからご飯食べて!」
「えぇ。もう帰っちゃうの?」
「ほら、もう帰るよ」
「・・・あれ、新之助いたの?」

名残惜しそうに彼女の手を握る弟を引き離せばまるで親の仇のような目で睨まれる。兄や弟とは仲良くしているのに何故か彼は俺だけを敵対視している。

「こら!新ちゃんついてきてくれたんだよ!」
「・・・ごめんなさい」
「いいよ」

姉に言われて不服そうにしながらちゃんと謝るから嫌いになれない。
好きな人の弟だから、というのもあるのだろうけど。

「よし行こう新ちゃん!今日は恐竜の映画見に行こうよ!」
「っ!」
「ってあぁ!もうこんな時間!14時の電車に乗らないと次の上映間に合わない!また後でね凪!」
「気をつけてね」
「新ちゃんいるから大丈夫!」

彼女のこういうところが好きだった。いや、こういうところも好きだ。
他の女の子とは違って話をすることはできるくせにいつだって誰と一緒にいる時よりもどきどきした。手を引かれれば手汗が滲んでしまわないようにと祈るばかりで口数も減ってしまうし、思考もショートしてしまう。気付いているのかいないのか、それでも彼女は俺の目をみて柔らかく笑う。こんなに優しく笑う彼女を見ることができるのは俺だけの特権だ。

「廊下を走ったらダメだよ」
「新ちゃん先生みたい。見られてないからいいんです」

一段飛ばしで階段を降りる彼女が転んでしまわないように引かれている手にぎゅっと力を込める。

「あ、新ちゃんちょっと待って!スリッパ脱げた」
「ほら、走るからだ」
「もう新ちゃんお母さんみたい」

先生の次はお母さんか。手を離されて階段下で待っていれば彼女がスリッパを拾うより先に他の手が伸びた。

「落とし物だよ。靴を落としてしまうなんてまるでシンデレラみたいだね」
「へっ!?」
「王子先輩」

そういえば彼もこの高校だったかと思い出す。驚きの声を上げた彼女の前に跪いた先輩は恭しくスリッパを掲げた。

「足を出してごらんプリンセス」

まるでガラスのように恭しく彼女にスリッパを履かせる。固まっている彼女に王子先輩はこういう人だから、と説明をしようと口を開く。

「ナマエ、」
「王子様・・・」

赤く染まった頬に両手を当てて王子先輩を見る彼女は恋する乙女そのものだった。




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