「なーー……ライってばぁ」
鼻に掛かった声とでも表現すべきか。俗に言う、“猫撫で声”というやつである。 二人きりをいい事に、ニノは背中から抱き締めると、ライの髪へ鼻を埋めさせた。
「ちょっ、お前! 嗅ぐな、馬鹿!」
ライが声を尖らせても、当のニノは聞いちゃあいない。宛も犬がするように、クンクンと鼻を鳴らながら髪の匂いを嗅ぎまくってる。スケベ行為には違いないが、同じ“気持ち悪い”でも、その種類は痴漢へ覚えるそれとやや違う。……謂わば、変態行為というか、奇行に対する気持ち悪さだ。
「ライちゃん、大好き。超いい匂いがすんだもん。一回だけ、チュウさせてよ」
「嫌だってば! ていうか何なの、そのキャラ。すっごく、不気味なんだけど!」
「あっ、怒った顔も可愛いっ。あーもう、オレ、好き過ぎて死んじゃうかもー……」
……最早、気持ち悪いを通り越してる。
全身に鳥肌が立ったのは勿論のこと、胃の、それも内側から擽られているような、なんとも不愉快極まりない感覚を覚えた。 肉体的な不快でこれだ。精神の不快については更に形容し難い。世に存在する言葉を駆使しても、この時にライが感じた気持ちを的確に言い表すには至らないだろう。
何せ普段のニノは、チンピラといおうか居丈高といおうか……とにかく、偉ぶった男である。それがライと二人きり、他の者の目が無い時だけは途端に甘え出すのだ。
こと最近は、それが尚更に顕著で。
「スゲェ柔らかい。なぁ、頼むから、チュウしようよ。チュウー」
(なんなんだ……こいつは)
恥知らずで、子供じみた振る舞いを。
(キモいのは確かなんだけど、な)
僅か。本当に僅か。米粒一個分位だが、“可愛い”と思えてしまったのも事実で。
(本当に可笑しな奴!)
自分に擦り寄ってくる様を、昔飼っていた猫と重ねてしまう。あの猫も普段は抱かせてもくれなかったが、自分にだけは甘えていた、と。それを思い出しながら自分へと向けられる一途な瞳を見た瞬間、不覚にも胸に甘い疼きを感じてしまうのだった。
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