小説(雷霆/番外編) | ナノ

お披露目


 ――僅か動きにも揺らぐ裾が、少しだけ気恥ずかしい。“足がスースーする”と、ありがちな感想が浮かんだ自分が、自分で可笑しくなる。鏡に映る自分は何処から見ても少女としか見えず、我が目を疑った。

 立体的な裁断は華奢な体つきを更に際立たせ、爽やかなミントグリーンと対比する黒髪が、いつにも増して艶やかに見える。

(これが……僕?)

 たかが服、されど服。だが、その服一つで人は変わるのも事実で。実際、身に着けてみても、未だに信じられないらしい。宛も初めて鏡を目にした者のように、無意識に鏡へ触れながら、深い溜め息を吐いた。

「おい、なにチンタラしてんだよ」

 戸を叩く音は苛立ったようだが、声色は心配している様に聞こえる。初めて身に着ける女物の服、手間取っていたのは確かだが、まさか、着付けまで手伝わせる訳にはいかない。「いま出る!」と扉を開けた。

「あっ……なんで、みんなでいるんだよ」

 仲間だけならまだしも、船員達までもが待ち構えていれば、ライの狼狽も無理はない。目を見張るライ。それとは対照的に、ある者は口を開けたまま、ある者は直立不動で、皆一様に眩しげな表情をしている。

「もの凄っごーく可愛いですっ! なんて言ったらいいか……。そう! 眼福です」

「ええ、本当に。愛らしいですねぇ」

「馬子にも衣ー……じゃなくって! ええーっと。と、ともかくお似合いですよー」

 全身で感動を示すウッド。バルサムが穏やかに頷く。先に失言が口をついたのは言う迄もなくアンバーだ。良い言葉が見つからないのか、申し訳なさげに頭を下げた。

「そういう恰好してりゃあ、胸もあるように見えるじゃねぇか」

 なにやら、胸に対して拘りがあるらしいガイラス。“も”の部分を強調している辺りが嫌味ったらしい。ライの膨らんだ頬を見た途端、“してやったり”と笑う。その反面、何処となく嬉しそうでもある。ガイラスの性格からすれば、仲間とは家族に等しい訳で。女として在るべき姿になった事を殊更に喜んでいるらしい。ニマニマと顔を緩ませながら、ニノを肘で突っついた。

「あれ、あの店の……だろ。随分とまあ、奮発したなぁ。つぅか、お前ぇ。確か、女にゃ金を掛けねぇ主義だったよな?」

「そういう事、言うなよな。ガイ兄はホントに分かってないねぇ」

 ニノは口を曲げ、拗ねたような顔を作って見せる。ガイラスの言葉から察するに、店とは当然、アッサラームだろう。また、相当値が張るものという事も。贈り物の値段を悟られるような言葉は“不粋”としか言えないが、周囲へニノが送り主だと知らしめる事には一役買ったようだ。皆が皆、ニノを見つめ、意外そうな顔つきをした。

 一方その反応は、皆から見たニノがどのような人間と映っているかを証明とも言えよう。凡そ気遣いや親切を出来ない者、或いは人心を解さ無い者と、大体そんな所だろうか。無論そう思っていたのは船員達だけでは無い。ざわつきの中。唯一人、微動の動きも見せない男――リョウの険しい表情には、その考えが顕著に表されている。

 目線は次第に、足、腿、胴と上へ向かってゆく。鎖骨から下、緩やか膨らみに到達するや、瞬時に逸らした。ストイックと言えば聞こえも良いが、生真面目というか、頭が堅いリョウには直視出来ないようだ。

 他の者と同様、見惚れた感もあるにはあるが、それ以上に露出を好ましく思ってないらしい。これまでレデルセンで隠されていた脚線。無駄な脂肪など一切無い、腿から膝へ掛けて細くなってゆく脚。膝小僧はやや内側へ収まり、足首は更に細く締まっている。全体的なバランスは芸術的とも言える肢体が、今はありありと見て取れた。

(これでは、晒し者と同じではないか。旅をするに、女と分かっては危険を招くだけだろう。もし、ライに何かあったら……)

 尤もな考え。確かに無法地帯では、若い娘は恰好の餌食だ。過去にそのような目に遭った女を見た事は、一度や二度では済まない。一人旅ならば、女の方にも非もあるが、仲間に……同行者から嬲られ、身を落とした女の例もある、と、暫し思い耽る。

 船員らの中にはライを好奇な目で見ている者もいた。男特有の色欲で濁った目。それらが見受けられる者には、牽制するかのような炯眼を。次に視線はニノへ。事の発端である者へ流した目は、怒りにも近い。

「あ? な〜に見てんだよ」

 歪に曲げられた口元、眇めた目。憎たらしい表情は、リョウの思惑を余さず理解しているからだろう。“勝ち誇った笑み”と言う表現がしっくりくる。万物の瞳を使わずとも、リョウの考えはお見通しらしい。

 鼻頭へ皺を寄せ、顎先をライに向けた。

 宛もそれは、“あいつは喜んでるんだからいいじゃん。それとも何か? 下らねぇ分別翳して、ライを縛る気かよ”と、小賢しい思考が聞こえくるような表情だった。

(違う。俺は、ただライを――)

 “守りたい”と。

(危険は元より、あやつからも……な)

 無言で睨んだ、先。

 ニノはリョウに見せつけるかのように、ライの肩へ手を添えている。今までは接触に嫌悪を示していたが、服を得た事でニノに好感を覚えているらしいライは、ニノを見上げる顔も、以前と大分違って見えた。

 その様は、ライに頼られている事で安心しきっていたリョウに、焦りを生むに充分で。また、ニノの態度が宣戦布告と取れた事から、リョウは確かな苛立ちを覚えた。

(ライは渡さん。絶対に――)

 プロポーズはした。後はライからの返事を待つだけだ、と。第一、俺達は運命の導きで出逢ったのだから――と。そう思い、思惑を悟られぬよう自然な態で間を割る。

 添えられてた手を払うと、ライを自分の方へと向かせ、優美な笑みで唇を結んだ。

「ライ、その服……」

「うん?」

 上目遣いの表情を、苦しいまでに愛おしく感じながら。耳元へ、ソッと感想を告げた。忽ちに顔を赤らめるライを見て、満足を。直ぐに敵へ目を流すと、眉を顰める。

 “受けて立とう。この勝負”と、ニノにだけ分かるように、思惑を込め、笑った。
 



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -