――此の世界には、“魔物”と呼ばれし異形の生物がいる。それらは全て、悪しき者が闇の魔力を用いて生み出したという。
動物を模したもの、物体に魂だけを籠められたもの。または地下世界より喚ばれたものと、一口に魔物といっても、存在の経緯、見た目、備えた能力は様々であった。
そして此処へ、新たな魔物が生まれつつある。……それは全身が白い毛で覆われており、頭頂へ並ぶ耳は異様な迄に大きい。 毛の無い顔は褐色で厳つく、見るからに凶悪だと分かる鋭い眼光を光らせていた。
「ガイ兄……まだそれ持ってたのかよ」
「いやぁなに、ちょっくら驚かしてやろうと思ってよぉ!」
新種の魔物に見えた“それ”。……実は“ぬいぐるみ”という物に身を包んだガイラスである。嘗て、ロマリアにて仮装舞踏会をした際に借り受けた物であったが、返さず、勝手に持ってきてしまったようだ。
つまり、“盗んだ”という訳。
勇者一行にあるまじき行為だが、ニノがそれを咎める筈が無い。「どうせなら金目のモンを持ってくりゃいいのによ」と、言う始末。……兄弟揃って駄目ダメである。
「……で、脅かすって誰をだよ」
「お・ど・ろ・か・す、だ!」
「その恰好なら同じ事じゃね?」
「お前ぇは口が減らねぇな。あれ、あいつを吃驚させたろうってな」
ちらりと目線を流した。
そこにいたのはアリシア。こちらへ少しも気付かず、夜食の準備に勤しんでいる。
ガイラス曰く、休暇の度に皆をもてなしてくれるアリシアへの礼らしいが……それが何故、この不気味な扮装になるのか、ニノにも全く以て理解できず、首を捻った。
「あ〜成る程ね。女の子ちゃんの悲鳴が聞きたいってか。おっさん臭ぇな」
「おっさんじゃねぇよ! まぁ、見てろ」
一喝するや否や、そろそろとした足取りで、アリシアの背後へと迫る。あと数歩といった時、突如として此方へ振り向いた。
「あっ……えっ?」
青鈍色をした瞳が揺らいでいる。悲鳴こそ無いが、期待通りの反応と、思いきや。
「やだっ、すごーく、凄く可愛いっ」
「は、はぁ?」
予想外も良い所である。ガイラスを一周すると、瞳を煌めかせながら、頬を桜色に色づかせた。まるで、恋するようなアリシアの表情に、ガイラスはタジタジである。
「何処から入ってきたの? 少し汚れてるけど。そうだ、一緒にお風呂入ろうね!」
「じ、嬢ちゃん、俺だ、俺ーーーーっ!」
……とガイラス。思わず悲鳴を上げた。
モンスターフェチとでも言おうか、可愛い顔に似合わずアリシアの趣味は“どうかしてる”らしい。……ビビらすつもりが、逆にビビらされたガイラスなのであった。
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