★笑顔を見せて【6】
ハッピーがルーシィの手紙をナツの足元にそっと置き、様子を窺う。
静まり返った部屋の中でゆっくりとナツの口が開いた。
「…何だよ、ルーシィまで代わりとかリサーナのことを言うのかよ…。手紙じゃなくておまえの口から聞かせてくれよ。じゃねえとオレ…」
「…ナツは口で言ってもわからないと思うよ。…オイラ」
冷めた声で即答した。
「…ハッピー。おまえこんな状態の時にそういうこと言うか?」
「だってナツが真剣に考えないからでしょ!?…未来を変えなきゃ!ルーシィの手紙を読んでもナツがそんなこと言ってたらルーシィがかわいそうだよ…、戻ってきてくれないよー!!」
大声で叫び泣きじゃくるハッピーを目にして、普段のツリ目も下がってくる。
「オイラ、…ルーシィが使った魔法調べてみる。この部屋にあるはずだから…」
溢れ出てくる涙を拭い、翼を広げて本棚へ向かった。
相棒に叱咤されたナツは、俯き加減でその場から立ち上がる。
ルーシィが寝ているベッドの端へ座り、話し掛けた。
「オレ…おまえに何か変なこと言ったか?…ルーシィいつも笑ってたし――
何か言えよ…声が聞きてえ、笑顔が見てえ。何でだ?…何でこんな気持ちになるんだ?初めてだ、…あぁ〜〜わかんねえよ!」
頭を乱暴にガシガシと掻き、横で寝息をたてて眠っているルーシィの頬へと手を伸ばした。
「…ナツ」
ハッピーの声に気づきピクッと反応して、伸ばし掛けた手を引っ込めた。
重そうに一冊の本を抱えながら近づいてくる。
「…本、見つけたよ。解除するには未来のナツが言ってた通り、ナツ次第みたいだね…。ナツ、…気づいてないの?」
少し潤んだ瞳で見つめてくる。
「オレ、次第…って、…気づいてないって、何をだ?」
「…ルーシィがいなくなった時、すごい必死な顔して夢中で走ってたよね。その時何を考えてたの?
…ナツ、ずっと辛そうな顔してるよ。自分では気づいてないの?…そんな事ないよね。リサーナの時とは…昔の時とは全然違う、オイラそう思うよ?」
ナツに訴えるように、早く気づいてほしい、そう願って――。
ふとハッピーが抱えている本に目がいく。
「…ルーシィ何の魔法をかけたんだ?」
「…?あい!栞が挟んであったんだよ。…多分この魔法だと思う!」
本を開いて指を差した。
“気になる人の心を知る方法”
「これかなり危険な魔法だって書いてあるから、ルーシィも躊躇していたんだよね。それでこんな状態になって…」
そう言うとチラリとナツの顔を覗き込み、何かを考えている様子の彼を見続けていた。
(ハッピーが言ってることって。
あの時ルーシィが目の前からいなくなって、すっげえ辛かった。
イグニールの時と同じ気持ちだった…、ルーシィを失いたくねえ、そう思ったよな。
昔のオレ…、リサーナ。戻って来てくれて嬉しいぞ。
これからはリサーナが傍にいる?
…ルーシィが…リサーナ?
…ん?…違ぇぞ、ルーシィはルーシィだ!)
「…ナツ?」
ハッピーの声にも耳を貸さず顎に手を添えて考え込んでいる姿のナツを心配そうに見ていたが、
真剣な眼差しでルーシィを見ている表情に少し安堵した。
(何でルーシィはオレの心を知りたかったんだ?…オレの心?
オレは、ルーシィが気に入ったからチーム組んだんだ!一緒にいるとすっげえ面白ぇから。
ルーシィの笑った顔が好きだから――す、き?…ルーシィが、か?)
う〜ん、う〜んと唸っているナツ。
大丈夫かなぁと声を掛けようとしたところで、ナツがようやく頭を上げた。
「ナ、」
「ハッピー!オレ、…ルーシィもリサーナも大事な仲間…、だけど」
「…ナツ?」
何が言いたいのかさっぱりわからないハッピーは首を傾げる。
「ルーシィの代わりに…リサーナ、…それは…いや、だ…。
傍にいてほしいのは…いあ、オレが傍にいてえって思うのは――ルーシィだけ、なんだよ。ハッピー!」
ナツの言葉を聞いて涙目になりながら、彼の胸へと飛び込んだ。
ナツも自分の気持ちに少しずつ気づき始め、目には涙が溢れてくる。
そして、ギュッとハッピーを抱きしめた。
「オレ…ルーシィの笑った顔が見てえよ、好きなんだ!
ハッピーは気づいてたんだよな?…悪ぃな、やっぱハッピーはオレの相棒だ!…そういや、未来のオレも同じこと言ってたよな…」
へへっと目を擦り、歯を見せて笑っていた。
「ナツ、自分の気持ちに気づいてくれたんだね!」
涙でぐしゃぐしゃな顔をして、ナツを見上げる。
「おう!オレはルーシィじゃねえと、駄目なんだ。…代わりなんていねえんだよ」
うん、うん…そうだよと頷き、嬉しそうな顔を見せた。フルフルと尻尾を左右に振りながら――。
少し間をあけて、ナツが呟いた。
「オレ、…ルーシィが好きだ」
満面の笑顔でハッピーに伝える。
「ナツ…今の台詞、ルーシィが起きたら直接伝えなきゃね!…それに心が通じ合えば魔法は解除されるみたいだし。まだ間に合うと思う。時間は…え〜と」
本を読み返してみたが、肝心の時間の部分が薄くなっていてはっきり読めない。
ハッピーの額に汗が流れる。
「大丈夫、…だよ。目、覚めてくれる…と思う――」
語尾が小声になった。
咄嗟にルーシィの方へと身体を向ける。
「ルーシィ…?」
恐る恐る名前を呼ぶナツ。彼女の表情に少しも変化は見られない。
まだ、ぐっすりと眠っているようだ。
「…間に合わなかったってこと、かよ?…嘘だろ?」
ルーシィの頬に触れながら言葉を続ける。
「いい加減起きろよ…ルーシィ。…オレ、ちゃんと気づいたんだぞ!」
ナツがルーシィを抱き起こして泣き叫ぶ姿を目にしながら、すぐ傍で「ルーシィ…、ナツ…」と交互に名前を呼び続けている。
『んっ…?』
微かなルーシィの声が、ナツの耳には勿論入った。
「ルー……、シィ?」
「…あれっ、あたし?…えっ!?…ナツ、何で泣いてるのよ?……しかも近いし、離れてぇ!」
顔を真っ赤にしながらナツを押し返そうとして、肩を掴もうとした瞬間、
「ルーシィが…、ルーシィが元に戻ったぞー!」
「あいっ!」
ふわりと自分の身体が浮き上がったような感覚があり、一瞬何が起きたかわからないと目を大きく見開いた。
――身体が温かい。
ナツはルーシィを担いだのではなく、お姫様抱っこをして喜んでいる。
無意識にとった行動ではあるが、意識のあるルーシィにとってはこれが初めてされたことだった。
「え!?ちょっと…恥ずかしい。おろしてぇ〜ナツっ!」
顔を一段と赤く染めて俯く。
そんなルーシィを見て、ナツとハッピーは顔を合わせて噴き出した。
「ナツ…、ルーシィやっぱりおろせ〜って言ったね」
「おう!思った通りだな。…ルーシィはこうじゃねえと。…それからルーシィ!おろさねえし、離さねえからな!」
つい先ほどまで泣いていた姿が嘘のように、楽しそうに笑い合う一人と一匹。
「えっ何よ?…どういう意味?」
わかんないわよと軽く息を吐いた。
そして、恥ずかしながらもそっと自分の腕をナツの首に回すルーシィだった。
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