このあと滅茶苦茶バンビになった(足腰)

ナマスカール、ドローナさんちの養女です。


 「あとは若いお2人で」とでも言わんばかりに去って行ったおじさんを心底恨めしく思う。

 気がつけばそこには子供2人がぽつんと残され、私だけが気まずい空間ができあがっていた。言葉が通じないことを聞いていたのか、特に何か話しかけてくることもなく、しかしじっとこちらを見つめている少年。

 ていうか、小さな子供なのにそのキンキラキンで棘まみれの殺傷力高そうな鎧なに? 七五三?

 ――などと初対面で問える筈もなく。
 2周目の人生で人の感情の見抜き方は散々教え込まれたはずだが、ここまで人形のように表情を変えない初対面の子供が何を考えているかというのは、流石のNINJAにも難解極まりない課題であった。……このくらいの子供と言えば、叱られようがげんこつを食らおうがそわそわと落ち着かずにその辺をきゃいきゃいと暴れ回る、そんな生き物ではなかっただろうか。
 あまりにも微動だにしないその様子に、ひょっとしてこいつは置物かプレーリードッグのどちらかなのでは?と錯乱しだした私は、試しにそろりと3歩右へ歩いてみた。神様チックな瞳と視線が合わないよう気をつけつつ観察していると、きちんとその目はこちらを追ってくる。今度は反対側へすすすと移動すると、不思議そうにしながらもやっぱり視線はこちらの動きについてくる。すごい! 置物じゃなかった!(小並感)
 ひとまず最低限のコミュニケーションを図るため、そして段々珍獣を見る目つきになってきたカルナくんからの第一印象を上方修正するため、とりあえず周りの大人達に倣って両手を合わせてみた。

「な、なますてー」
『!』

 私の挙動を見たカルナくんも、紅葉のお手々を合わせてぺこりと礼を返してくれる。幼児とは思えぬ超越的な空気をふりまく少年に、てっきり相手にもされないだろうと思っていた私は、申し訳なさとわずかな安堵に小さく息をついた。向こうの挨拶と思しき言葉は『○×□△※』という感じで、やっぱり他の皆と同様にちんぷんかんぷんだったが、多分こちらの挨拶もカルナくんには同じように聞こえているのだろう。先のやりとり(?)で少しだけ緊張のほぐれた私は、思い切ってお決まりの話題を放り投げてみた。

「な、何して遊ぶ? 指スマ? 人生ゲーム? ばば抜き?」

 咄嗟に出てくる候補からして引きこもり全開とか言ってはいけない。……そもそもここは屋外だし、流石の自分もこのくらいの頃は体を動かす遊びが好きだった。
 今日1日だけ遊べば、まあ、アディラタおじさんも満足してくれるだろう。この年代の子って、よっぽど反りが合わない限り1度遊べばお友達だしな。

 子供らしく、鬼ごっこにでも誘ってみようか。……フラれたら速攻で帰ろう。

 無表情ながら頭上に疑問符を飛ばしまくるカルナくんに、言葉が通じていないのは分かりきったことだ。あまり人と話さなくなったとは言え、流石に数年同じ状態であれば意思疎通の手段もそれなりに持つようになる。
 足下に落ちていた小枝を手に取り、地面へよいしょと座り込む。……鬼、って言ったって、インドで通じるか分からんしなぁ。少し考え込んでから逃げ役と鬼の代わりに、鹿を1頭とそれを追う狩人の絵を地面に描いた。説明しようと顔を上げれば、思っていたよりもやや遠い……というか最初の位置から一歩も動いていないところで、棒立ちのままのカルナくんが、相変わらずの目力でこちらをジィィィィイイイ……と見つめている。え……普通2人っきりでいる相手が突然座りこんで何かやり出したら近寄ってこない? 多少は視線を合わせてかがんだりとかしない? お前絶対人付き合い下手だろ。私に言われるとかよっぽどだからな。
 仕方なくちょいちょいと手招きをすると、小首を傾げつつも素直な様子で近づいてきた。そこでまず地面のバンビとカルナくんを繋げるように指を動かし、次いで今度は狩人と自分を交互に指さした。

「例えばね、カルナくんが鹿で、私が狩人だとするでしょ」

 ポン、と女の私よりも薄い肩を叩く。突然の接触にやや目を丸くした少年につられて内心ビビりながらも、何事もなかったかのように身振り手振りで説明を続けた。

「こうやって私が追いかけるから、タッチされたらカルナくんの負けね。で、鹿役と狩人役が交代」

 今度は私が背を向けて逃げる素振りをしつつ、ちょっと躊躇いながらもカルナくんの手を掴む。その手を軽く私の二の腕に軽く触れさせ、くるくると腕で入れ替えるような動作をした。ヒェッ手首枝かよ……森○の小枝より簡単に折れそう。失礼なことしか考えていない私をよそに、得心がいったらしいカルナくんは、何事かを呟きながら頷いた。『なるほど』とか『分かった』とかそんな感じだろう。多分。『そんなことよりおうどん食べたい』とか『空飛ぶスパゲッティモンスターを崇めよ』とかではないはずだ。
 何とか遊びの説明が通じたことに胸を撫で下ろしていると、どことなく目の前の少年の挙動が落ち着かなげになっているのにふと気がついた。圧倒的な目力でこちらを貫いていた視線はほんの僅かに揺らぎ、美少年の癖して能面のようだった顔は、何かを堪えるように唇を軽く食んでそわそわとした色を乗せている。え、何? 大でも小でもトイレなら今のうちに行って来いよ〜ただしその間に私は帰る。まさに外道。
 カルナ少年は徐に鹿の絵を指さし、次いで自分を指した。成程、逃げ役をご希望か。まあ言っちゃ何だが獣にも押し負けてしまう父親と比べれば遙かに身軽そうではある。特徴的な白髪に視線を固定しながら頷けば、カルナくんも首を1つ縦に振り、こちらにくるりと背中を向けた。……後ろ姿まで鎧でガッキガキなのはどうなんだろう。幼児なのに。あれアディラタおじさんの趣味なのかな……私なら盗んだ馬イクで走り出すね、可哀想に。

 ――――いやいやいや、今日限りの付き合いなんだから関係ないんだって。

「ま、まあまあ? 人生リセットボタン押されたとはいえ戦国出身のニンジャ=サンだし? カルナくんも子供にしては素早そうですけど? カラテでワザマエしてチョーチョーハッシのニンジャにはちょっと負ける要素ないよねっていうか〜まあ適当に満足するまで追い回してって速ァァァァァァァアアアア?!!!」

 漫画なら眼球が飛び出ていたに違いない。アスリート顔負けのフォームで飛び出したカルナくん(推定5歳児)は、そのまま文字通り音を置き去りにしそうな速度でバビュンと走り去ってしまった。余りの勢いの余波に、取り残された私の髪や服の裾、それに彼が通ったところの茂みや木々の枝が哀れなほど軋んで舞い上がっている。何、あの1人だけドラゴンボールみてーなインフレ具合。
 ……え? 私アレと鬼ごっこするの? それ今日中に帰れる?


「――――お、お前のようなバンビがいるか!!!!」


 半ばやけくその心境で、それでも何とかして見失うまいとこちらも走り出す。わ、私にはあのガキンチョをおじさんの家まで送り届ける義務があるのだ……!!


 …………でも夕飯の時間になったら帰っていい? 突如脳内に登場したアディラタおじさんが腕でバッテンを作る。ダメですか。そーですか。



 太陽の息子カルナと美しい娘マドディパが出逢ったのは、まだ彼らが齢僅か5つの時、緑の深い森の中でのことであった。2人は互いを初めての友とし、その日の仕事が終われば日がとっぷりと暮れてしまうまで、夢中で互いの背中を追いかけて遊んだ。カルナはマドディパの倍速く走ることができ、マドディパは茂みや木々の隙間に身を潜めることに長けていたので、彼らが遊ぶときはいつでも追いかける側がひどく骨を折ったという。
 鳥の番いもかくやというほどに親しくあった2人であったが、マドディパはたった1つ友を恐れているところがあった。それはカルナの、あらゆる虚飾を貫通し真実を見抜く目である。マドディパは女神と見紛う美貌を持って生まれはしたが、内面の徳においてはそこらの子供と何ら変わりのない心であったので、マドディパはカルナの高潔な瞳に見据えられるといつでも引け目と羞恥を感じていた。またカルナがマドディパを捕まえたとき、あるいはマドディパがカルナを捕まえたとき、どちらかが振り返った拍子にうっかりと視線でも合わせてしまうと、たちまち2人の間には寒い夜の焚火に水をかけたような、寂しげな沈黙が訪れるのであった。
 とうとう自分の至らなさに耐えきれなくなったマドディパは、前髪を長く長く伸ばし、カルナと遊ぶときには視線をあまり上げぬことにした。万が一にも友人の目を視界に入れぬようにするためである。娘の様子がおかしいことに気付いたカルナは、ある日マドディパを諫めた。

「友よ、近頃はどうして目を覆うほどに前髪を長くしているのか。そのように視界を悪くしていれば、そのうち木の根に躓いたり、近づく獣を見逃したりしてしまうだろう」

 呪いによってその言葉がマドディパの耳に届くことはなかったが、カルナの手が前髪と目尻に優しく触れたので、情け深い友人の心配をマドディパはきちんと理解することができた。娘は、カルナの目を指さしてこう言った。

「友よ、どんな嘘も見破るあなたに本当のことを打ち明けます。私はあなたのその目が怖くて堪らぬのです。人は――あなた以外の者は――時に嘘を吐かねば生きてはゆかれません。あなたの鋭すぎる目で見つめられることは嘘吐きの私にとって、冷えた晩に服を剥がされるような、老いた人が杖を折られてしまったような、それほど心許ない気持ちにさせられることなのです」

 幼いながらにして既に寛容な人格を得ていたカルナは、マドディパの身勝手な怯えに怒ることもなく、ただ寂しさと悲しさに堪え忍んだ。言葉こそ通じなくとも、その愛らしい声に怖じ気と拒絶が宿っているのを感じたためである。

「この目が厭わしいと言うのだな。分かった。だが、女性のあなたがそのために危険を冒すべきではない。私があなたと過ごすとき、常に目を閉じていることにしよう」

 突然瞼を下ろしたカルナに驚いたマドディパはすぐさま目を開けるように願ったが、カルナは頑としてそれを聞き入れることがなかった。森の中で木の根や石に躓いて転ぼうとも、木や鋭い葉にぶつかって傷を負い、時には血を流そうとも、その瞼は子供らしからぬ強い意志で常に硬く閉じられたままであった。
 そうしてある出来事が起こるまで、カルナは友への約束を忠実に守り続けたのである。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -