Cut your coat according to your cloth.
グーテン・ターク、銀猿の妹弟子です。
知らない天井だ、って1度で良いから言ってみたかったんだよな。
「知らない天井だ」
すっきり満足感、……でもちょっとだけ恥ずかしい。アホなことをしているとふと自分が横たわったままなことに思い至り、視線だけをきょろりと周囲へ彷徨わせた。
清潔感はあっても愛想はない真っ白の寝具やしっかりとした手すりは、どう見たって入院患者がお世話になるそれだ。怠さの残る体を叱咤して上半身を起こすと、やはり落ち着いた色の検査衣を身につけているのに気がつく。やや手狭な病室に他の患者の姿はなく、所謂個室での入院をしていたらしい。さわさわとした人の話し声は聞こえないこともないが、少なくとも近くに人の気配はない。
つんと鼻をつく薬品とアルコールの匂い。お陰で寝起きのぼんやりした意識と、こうなる前の記憶が戻ってきた。そう、確か、弟弟子が特攻も同然に血界の眷属の道連れにされたと聞いて。カッとなって身の程知らずにも師匠に飛びかかったあとのことは、殆どまともに覚えていない。イノシシの頭蓋骨の下から覗く怒りにぎらついた両目が脳裏をよぎり、ブルブルと恐怖に震えながら白い布団をかき抱いた。成程、吸血鬼ではなく敵性生物でもなく、身内にボコにされて私はここに入院していたらしい。ペロッ……これはクソザコナメクジ!
……自業自得で落ち込んだ気持ちになりながら、腕を伸ばしてナースコールボタンを押す。聞いたことのないメロディの呼び出し音が響き、数十秒で慌ただしい足音と共に看護師の女性が駆けつけてくれた。
むさ苦しい男所帯で育った自分の目に、久々の潤いが眩しくすら感じられる。ふわふわとした金髪に青い瞳、優しそうな下がり眉は白衣の天使を絵に描いたよう。
「綺麗なお姉さんだ…………」
腕が6本も生えてなければ。
「……もう、目覚めるなり何仰ってるんですか! あなた変な人だったのね。それにしても、あんなに重体だったのにもう起き上がれるなんて」
照れたようにぽっと顔色を良くしたナースさんだったが、常人より随分と多い腕はバインダーの紙をめくったり、ペンを握ってなにやら書き込んだり、点滴の準備をしたりとテキパキ動いている。――ふと、弟分が搭乗したという機体の行き先を思い出した。
「……………………ヘルサレムズ・ロット?」
「……あら、外の人だったの?」
――ゼーロなんて持ってる訳ねぇだろ!!! いい加減にしろ!!!!!!!
個室入院などという手厚い看護環境に放り込んでくれた親切な誰かさんが恨めしい。1泊××ドルとして、お姉さんが言うには2週間程眠り続けていたらしいから、えー、……そもそも師匠に連れられてド秘境にいたからドルだってあんま持ってないんですけど…………!
ここってあれでしょ、魔境HL内の施設なんでしょ。治療費払えないなんて言ったら寝てる間に血管に流し込まれた極小チップが爆発したり「ならば身体で払って貰おうか」って言われて内臓10個ぐらい持って行かれたりするんでしょ。知ってるもん! HL住人関連VIPまとめで100万回読んだんだもん!! どう考えても釣りですありがとうございます。
もうダメぽ・・・
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ここにはテトリス名人もジュース飲んでんじゃねーよハゲと突っ込んでくれる液晶の向こうの俺らもいない。あっオワタ……。
…………んん?
「そもそも、何で入院してんの。私」
あの人でな師匠が、ちょっと死にかけたぐらいで病院になんぞ連れてきてくれるわけがない。親切な通行人が、救急車でも呼んでくれたのだろうか。
頭上にハテナを目いっぱい飛ばしていると、厄介事の気配を察知したらしいナースさんがやや声色を固くしながらも、律儀に教えてくれた。私の友人を名乗る、顔に大きな傷のついたハンサムな男性が、まとまった治療費と共に意識のない私をここへ入れてくれたらしい。う、うさんくせえ〜〜〜〜〜〜〜〜! でも金をありがとう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
お礼くらいは言っておきたいな。でも恩返しに内臓をよこせとか言われたら嫌だな。何で私はこんなに内臓の心配をしてるんだ。
聞いたところによるとたまにお見舞いにも来てくれていたらしいので、次に会ったときにでもお礼は言えるだろうとのこと。安心して顔を緩めると、ナースさんもつられたように微笑む。が、はっとした表情をした後「それじゃあこれで失礼しますね、お大事に」とそそくさ荷物と器具をまとめだしてしまった。大魔境都市で生き抜いているだけあって、警戒心と自己防衛に優れた女性のようである。仕方ないね。
世知辛さに心中で涙を流しながら、窓の向こうの景色を見つめる。やはりというか体にはあまり良くなさそうな白く深い霧が立ちこめていて、にょきりと突き出た高層ビルや腐海に棲んでいそうな空飛ぶ昆虫生物たちのシルエットが、不思議なコントラストを描いていた。インスタ映えしそう(小並感)
ふと、視界の隅に動くものを捉えてそちらに視線を移した。
猛スピードでこの建物へと向かってくる影が、いくつか。(強制的に)鍛え上げられた野生の勘が、突然ガンガンガンと警鐘を鳴らし始めた。
窓を見て固まった私につられて外を覗いた彼女が、同じく目を見開いて悲鳴のような大声を上げる。
「――ちょっと、な、何あれ?!」
「メカメカしいマンドリルを右腕に装着したカニ怪人?」
何言ってんだお前とか言うなかれ。本当にそうとしか表現できない謎クリーチャー達が、蹴りつけたコンクリートを逐一陥没させながら猛然と走ってくるのだ。ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべ、建物のあちこちを破壊しつつ、進行上にいる不運なスタッフや患者をボールのように跳ね飛ばして進んでいる。何パンマンだか知らないが見るからに元気百倍だし、どこかを悪くして診察希望というわけでもなかろう。入院患者の見舞い客にも見えない。……違うよな?
「一応聞くんですけど、スターフェイズさんってあの中にいたりします?」
「バカじゃないの?!!!」
友人(仮)のお顔が好みだったらしい。正直すまんかった。
しかし恩人でないのなら、ぶちのめすのに遠慮もいるまい。布団を払いのけると、指先から背骨にかけて電流のように嫌な感覚が走った。
咄嗟に左腕にナースさんを抱え、右手には腕につながっていた点滴スタンドを掴む。予感に従ってサッシを蹴り、びゅんっと窓の外へ飛び出した。クリーチャー達が蔓延るエリアに近づいたことに恐怖の悲鳴を上げられたが、今それには構わず空中でちらりと背後を振り返る。
次の瞬間病院1階の端から端にかけてドドドドド、と連鎖するように小規模な爆発が起こった。ガラスや金属片、人の血や体の一部が屋内から吹き飛んでくる。
熱風に煽られる形で思ったよりも長い距離を飛びつつ、腹筋に力を入れて体制を整えた。ズザザザと十数メートルの軌跡を土に引きながら、裸足のまま病院の中庭へと着地する。それとほぼ同時に、テロに巻き込まれ地獄と化した建造物が、腹の底まで響くような音を立てて崩壊した。
「――――我らはレギオカ兄弟! バッティスティーニファミリー、出てこォ〜〜〜〜い!! ここに幹部が入院してるのは掴んでんだぞぉ!!」
カニが生意気にも英語を喋りやがる。しかし運悪くそいつらの真正面に着地してしまった私は、振りかぶられた妙なメカを、腕の中の女の子を抱え直しながら飛び退いて避けた。
「んんん? 何だ、姉ちゃんすばしっこいなぁ。女好き共に見せしめで2匹纏めてミンチにしてやろうと思ったのによ」
「見たぜ! こいつヒト1人抱えて最上階から飛び降りてきたんだ。カタギじゃねえぞ、あいつらの関係者に違いねぇ!」
1ミリも身に覚えのない会話を聞き流しながら、ナースさんを物陰へと退避させる。すっと彼女に人差し指を向け、流した血液の円陣が素早くその周囲を囲った。師匠に教わった術式を唱えれば、炎が下から上へと燃え上がるように赤い半球が形成される。……バリアの正しい使い方ってこういうものだと思う。間違っても弟子と血界の眷属を密室ランデブーさせてどっちが先に死ぬでSHOW開催とかさせちゃいけないと思う。人として本当。
腰を抜かしてしまったらしい目の前の女の子が、可哀想に顔を真っ青にさせてこちらを見上げている。安心して欲しくて愛想笑いなんかしちゃったりしたが、細い体の震えが収まる様子はない。こうかはいまひとつのようだ。仕方なく今度はキリリとした表情を作る。
「“……治してくれた恩、ちゃんと返すからね”」
だから内臓取らないでね。
英語ではなく日本語で、隔壁の外から呟く。ぽかんとした顔になったナースさんに小さく笑って、今度こそカニ怪人達に向かい合った。
「お別れは済んだか? 男共がビビって出てこねぇみてえだからよ、わりぃがアンタ、代わりに死ぬまで嬲らせて貰うぜ」
フリーになった片手をポケットに突っ込み、半目でジロッとリーダー格らしき奴の巨体を見上げる。が、徹頭徹尾私以上にクソ雑魚臭溢れる物言いに、はーんっ!と景気よく鼻を鳴らしてやった。
ビキリと甲殻にしか見えない額の部位に、器用にも血管のようなものを浮かせたそいつは、どうやら挑発に苛立ったらしい。どうも、煽り検定1級(自称)の元ジャパニーズ二次元限定ロリコンクソオタ(副業:ねらー)が通りますよ。
(堪忍袋の)とどめとばかりに荒ぶる鷹のポーズを取って宣戦布告する。
「お前もせいろ蒸しにしてやろうか!」
デュエル!!! と各方面から怒られそうな字幕が脳裏をよぎった。
――――――っていうかツェッド君どこよ? いや、マジで。