Diverse men, diverse minds.

グーテン・ターク、銀猿の妹弟子です。


「フンッッヌァ!!」

 でかい図体の割には中々の敏捷性で繰り出されたパンチを、斜めに2つステップを踏んで躱す。予想通りコンクリートを割った拳を足蹴にし、そのまま筋骨で膨れた赤黒い腕を一足飛びに駆け上がった。片手で持ったままだった点滴スタンドを瞬時に血液でコーティング。それを走りながら両手に持ち替えて、にやりと笑う。


「バッター振りかぶってェ、――殺しました!!!!!」


 バキともグシャともつかない破砕音を一発。反撃どころか反応する間もなく頭蓋の甲殻をかち割られたカニ野郎の、頭部から飛び出たつぶらな黒目がぎゅるりと白く濁った。あ、あれ、てっきり甲羅は着ぐるみで中の人とかいるもんだと思ったんだけどな……本当に怪人だったのか。弱いから血界の眷属じゃないよな? 成程これが異界人、そして私は人殺し。……お巡りさん、俺です。
 首領格(推定)をやられて怒り狂ったと見える残りのカニ数杯は、しかしおよそ統率を失った動きで怒号を上げてこちらへと走り出す。横並びでやってくる癖にお互いのことなど欠片も見ちゃいないため、腕に装着した例のゴツい機械がガッチャガッチャと味方にぶつかりまくっている。フレンドリーマンドリル待ったなし。
 こちらもゆらりと歩き出しながら、もはや鈍器と化した点滴スタンドをバトンのようにくるくると回す。格下無双前に余裕をこいて強キャラ感を演出……そう、私はフラグ管理のできるフレンズだから。サーバルちゃん可愛いよな。

「カニの分際でタテにも走れるフレンズなんだね! わー! すごーい!」
「ゴァッ」
「蟹味噌缶って開けたときのニオイやばくない?」
「アッギィッ」
「うみみゃあっ! たらばがにぃ!!!」
「オゲェァアアッ」

「…………うっ、うわぁぁあああああ! 化け物ぉおお!!」
「 お ま い う 」

 なんか魚介の話ばかりしていたら寿司が食べたくなってきた。早く兄弟弟子達に合流してHLのいいとこに連れてって貰おう。余りの張り合いのなさにそんなことを考えてしまったのが悪かったのか、取りこぼしが1人……1杯……1体?まあ1杯が情けない悲鳴を上げながら逃げ出してしまった。別にわざわざ深追いしてつい殺っちゃうんDA☆するほどでもないのだが……向かっていった先が、どう見ても人の多そうな市街地である。
 ぐぬぬぬぬ、仕方ない。なんて病み上がりに優しくない土地だ!ヘルサレムズ・ロット。

 果たして意味があるのかも分からないが、せめて追いかける前に救急車と警察を呼んでおこう。
 近くに倒れていた男性の見舞客の遺体の前に膝をつき、数秒だけ手を合わせる。怯えた表情で固まった顔の瞼をそっと下ろし、ポケットを漁らせて貰った。画面に放射状が罅の入ったスマホは、しかし電源ボタンを押せばきちんと通報ボタンを含むホーム画面を表示する。ロックを解除せずとも使えるそれを迷わず押して、電話の向こうで応答した声に簡潔に状況を伝えた。
 爆弾テロですと言ってもアーハイハイと慣れた感じだったのが心底恐ろしい。流石は現世の大魔境。わ、私しれっと出て行ってもいいかな……今からでもお師匠様のこと追いかけちゃ駄目なんかな……駄目なんだろうな…………。
 悲しみに暮れながらナースのお姉さんにかけた結界を解くと、彼女は中でぺしゃりと座り込んでいた。職場を奪われた悲しみや恐怖、この患者は何者だという困惑、そういったものをない交ぜにした瞳がこちらを恐る恐る見上げてくる。美女に縋るような上目遣いで見つめられることに耐えきれず、人見知り系クソオタは咄嗟に逃亡を選択した。

「す、すまんやで。私1ミリも関係ないから何も答えられんやで。強いて言うならさっき、れ、れぎ……何だっけ?レギンス兄弟?が言ってた何とかティーニ……そう、ディ○ゴスティーニファミコンサークルとやらに問い合わせて欲しいやで」
 
 かーらーのーダッシュダッシュダッシュダッシュ!!!
 すまない……テロ現場に取り残された白衣の天使を容赦なく置いていく系ウンコ野郎ですまない……。だから三次元のおにゃのことは彼氏彼女どころかフラグすら立たなかったんですね把握把握……つら。カニ怪人を殴るよりか弱い美女の相手する方が難易度高ぇわ。な、泣いてなんかないんだからねっ! 数段落前との温度差な。


 ウン十メートル離れたビルとビルの合間を壁尻、じゃなかった壁走りしたり屋上から屋上へぴょんぴょん(物理)するんじゃあ〜したりと、パルクールの一言ではちょっと済まない移動でカニ男の追跡を続ける。追いつこうと思えば今すぐにでも捕まえられるのだが、1度背後からぐんと接近した辺りで無線を取り出したのを見て、慌ててこっそり距離を取ったのだ。

『お、俺も本隊に合流させてくれ! とんでもねぇのがいたんだよぉ!!』

 ほう、本隊とな。ほう。
 どうやら病院を襲撃したカニカマ兄弟達は、あくまでも別働隊というやつであったようだ。あの野郎共が病院で引き起こしていたような惨劇を、町のど真ん中でもやらかそうとでも言うのだろうか。そこまで憶測を進めたところで、少し追跡の足が鈍る。何故って、そこまで大きな事件になるなら病み上がりの私なんかが駆けつけなくても、警察や消防レスキューの面々が大規模な包囲網でも敷いていることだろう。
 いっそのこと病院に戻って救助活動でも手伝おうか。金髪の彼女の顔がよぎった瞬間――しかしその矢先に、カニ男が進行方向にある軽自動車を、避ける間も惜しいとばかりに吹き飛ばそうと、乱暴に腕を振りかぶったのが見えた。車の方は泡を食って脇へとハンドルを切ったようだが、あれでは恐らく間に合わない。甲高いブレーキ音を立てて左へ曲がろうとした拍子に、車内の様子が右手のビル街の上を移動している私にもちらりと見えた。
 服装からして女性らしい大柄の異界人が運転席に1人、それからその子供と思しき異界人が後部座席に2人。同じ人型でないとはいえどう悪く見積もっても野次馬や事件の関係者には見えず、むしろどの角度から見ても哀れな巻き込まれ被害者だ。

 1秒。

 ビルの屋上からすぐ近くに立っていた電柱の天辺へ、躊躇なく飛び移る。更にそこから、大きな道路を挟んで反対側の街灯目がけて、これ以上ないほど大股で足下を蹴った。ぐんっと距離が近づいたところで、機械の右腕と親子の乗った車の間に体を滑り込ませる。

 2秒。

 しかし私が潰れるよりも、上空からのGを乗せて振り下ろした点滴スタンドが敵の脳天に迫る方が速い。点滴スタンド万能説。

「ふざけたyouに俺が天誅!! チェケラッ!!!」

 まあ私亀ラップの方が好きなんだけどな。あっ、甲殻類繋がり……。
 目の前の乱入者がそんな軍手のツブツブの数よりどうでも良いことを考えているとは、頭を割られたカニ怪人も異界人親子も分かるまい。せめて子供達は目を瞑っていてくれることを願おう……と思ってちらりと背後を振り返ったら、3人とも目をかっぴらいて同じ姿勢で車窓に張り付いていた。似すぎワロタ。
 …………教育に悪い女ですみません。脳漿をぶちまけて絶命する人間大のカニなどお子さんだけじゃなくてお母さんにもトラウマを残すかもしれないが、どうか挫けることなく生きていって欲しい。そして私を訴えないで欲しい。損害賠償として内臓5、6個請求したりするのもよして欲しい。深刻な保身に走りすぎ問題。

 あの誠実なツェッド君がどうしてこんなクソ野郎を慕ってくれるんだろう。何かのフィルターがかかっているような気がしてならないんだが。うぇ、思い出したら会いたい、うぇ……。ほ、ほんとに死んでないよな…………?
 あ、兄弟子は殺しても死ななそうだから全然後でいいです。

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