Birds in their little nests agree.

グーテン・ターク、銀猿の妹弟子です。


「『例のアレ』までも利用する事態となった時には肝を冷やしたが」

 隣に立つ相棒にちらりと見やりながらも、ライブラのリーダーは再び「パーティーの主役」へと視線を戻す。いつも通り超強力な目力を発するグリーンと目を合わせた「主役」――黒髪の美しい女性は、何やら思い出したくないことでも浮かんできたのか、ぎくっと肩を強張らせた。そんな彼女の様子に首を傾げつつも、クラウス・V・ラインヘルツは大事な仲間がそこにいることを素直に祝い、強面に乗った目元を和ませる。

「チェイン、君が無事に帰還してくれて本当に喜ばしい。身内ばかりのささやかなパーティーだが、皆もどうか楽しんでくれ」
「えっと、ご心配おかけしました。……あ、ありがとうございます」

 Toast、と堅っ苦しいが美しい発音の音頭と共に、そこかしこでグラスを合わせる高音が部屋に響いた。
 恐ろしいことに1人の人間がこの世から「いなかったことになって」消えるかもしれなかった、などという美しい人狼たちの因縁を巡る先日の事件。しかしながら場合が場合の為何かが起こったということにすら、この暗躍する秘密結社ライブラにおいても気付いていない面子の方が遥かに多い。が、「まあここで出されるお酒や料理にハズレは無いし」ということで、大体の参加者は見事にクラウスの傍に控える敏腕執事の腕前によって一本釣りされ集っていた。
 とりわけその欲を隠そうともしないのは、メンバー全員から「度し難いクズ」の太鼓判を押されているザップ・レンフロその人。見事な飾りつけやディッシュと高級酒で彩られたテーブルを前に、いい年をした男が万歳三唱しながら涎を垂らして酒瓶へと全力疾走する。

「ウッヒョ〜〜〜高級タダ酒ッ! エレガントタダ飯ッ! しかもギルベルトさんチョイス!!」
「ギルベルトさんのセンスがずば抜けてるのは新入りの僕でも分かりますが、せめて貴方は人としての尊厳を保ったままパーティーに臨んでくれませんか?」
「んだコラテメエお刺身にしてこのカルパッチョの隣りに並べて差し上げましょうか? このまんまじゃ折角のメシが生臭くなるしよ〜〜〜」
「途轍もなく不本意ですが、同じ流派を汲む者として恥ずかしいからやめろと言ってるんですよ」

 宴の初っ端からベタフラを背景にバチバチと火花を飛ばす兄弟弟子。元々喧嘩っ早いザップはともかくとして、普段は冷静沈着なツェッドまでもが、兄弟子が絡むとそれにつられるかのように短気になってしまうのは何故なのだろう。そんなことを頭の片隅で考えつつ、無駄に力の強い2人の間に何とかしてレオナルドは割り込んだ。

「もー、お祝いの席で2人して何やってんすか! ザップさんはその中指しまう!」
「あ? この俺様に命令できるとは偉くなりまちたね〜この腐れ陰毛君は〜」
「ちょっやめイデデデデデッ」

 言われた通りにするどころか、果敢にも注意しに行った後輩の顔にその中指を突き立ててドリルのように回し始めるザップ。まだ子供らしい丸みをほんの少し残したレオナルドの頬には、若干爪の跡まで残るという地味な嫌がらせまで繰り出していた。第三者の介入で我に返って頭を冷やしたツェッドが、慌ててその手をチョップし腕ごと叩き落す。
 そのことに再び難癖付けようとしたザップの肩に、しかし突然黒いコートに包まれた腕がドカッと乗った。

「レオっちの言う通りよっ! 今日は楽しいパーティーなんだからもっと平和に行きなさいよねー!」
「うげっ、姐さん……て、もう酔ってんすか」

 2人の子を持つ最強の主婦がいつも以上に陽気なテンションで肩を組んできたのを確認すると、さしものお調子男もぎくりと顔を引き攣らせる。その様子を見たK.K.は、酒の匂いをがっつり漂わせながらも子供のようにぷっくりと頬を膨らませた。妙齢の女性であるにも関わらずそんな仕草に全く嫌味が感じられないのは、彼女の愛嬌ある人柄が理由なのかもしれない。

「あーら何よその顔、失礼しちゃう。最年少のレオっちがこんなにしっかりしてるってのに、それに比べて年下に諭されちゃってなっさけないわねぇ〜このおバカ兄弟共は!」
「「断じて兄弟じゃな、フォグゥッ!」」

 そこらの成人男性よりもはるかに屈強な肉体を持つツェッドは何と実年齢13歳であり、純粋に生きた年数だけで言えば実はレオナルドよりも年下である。しかし絶賛絡み酒中のK.K.は、そんなことは露程にも知らない。何より酔っ払いに理屈が通用しないというのは、HLを取り囲む霧の壁を越えて全世界共通の常識である。
 何やら全く同じ訂正を繰り出そうとした瞬間、哀れにも男達は同時にボトルの口を直接口内に突っ込まれた。容赦ない力加減にガキンと不吉な衝突音が響いたが、一連の流れを見ていたレオナルドさえも、とりあえず同僚たちの前歯が殉職していないことを祈るぐらいしかできない。しかも2人の口から生えている酒瓶のラベルを見れば、そこには何と世界一のアルコール度数を誇る酒の名前が印字されていた。

『レオナルド様、実は本来スピリタスとはあまりショットで飲むものではないのですよ。本場ポーランドでは医療用の消毒に用いたり、果実酒を漬け込むのに利用したりしているそうでございます』

 カクテルのベースにすると口当たりが優しくなるそうなので、恐らくはその為にギルベルトがどこかに準備しておいたのだろう。リーダーに仕える博識な執事が優しい口調で授けてくれた豆知識が、少年の脳裏をふと駆け巡る。その際教えて貰ったかのアルコールの度数は、確か――凶悪なまでの96%。
 ゲェッホゴッホオヘェッ!!と余り上品とは言えない勢いで、唐突に喉を焼いた酒に必死で咳き込むザップとツェッド。慌てて水を取りに行ったレオがグラスを差し出してやると、K.K.曰く「おバカ兄弟」はその中身を一気に飲み干し、ぶっはぁとオッサン臭い声を上げて一息ついた。律儀にレオに頭を下げたツェッドの背中だけを擦っていると、礼の一言もなかったためにわざと放置していたSSが、レオの頭を異様な握力で鷲掴みにして矛先を向けてくる。今度はツェッドが2人の間に入ってやめさせようとしたところで、K.K.がザップの顔のすぐ横で先程とはまた違うボトルをゆーらゆーらと振った。その明確過ぎる脅しに、再び言い争いを始めそうになっていた男3人は慌てて口の前をきゅっと手で塞ぐ。また同じ被害に遭ってたまるか。
 漸く殊勝な態度でお口をミッフィーちゃんにした同僚達に、K.K.は満足そうな笑みを浮かべて話題を振る。

「どうせなら益体もない喧嘩なんかより、眠り姫ちゃんの話が聞きたいわね。フルネームはカスガ・スパイダーウィックだったかしら?」
「――おや、まだ見ぬもう1人の新入りの話かい? それなら僕達も混ぜてほしいね」

 耳を優しく擽る甘やかなテノールが、2人分の足音と共に背後から届く。しかしK.K.はその声を聞いた瞬間、ぐぐぐと谷より深い皺を眉間に刻んだ。

「クラっちなら全然ウェルカムだけどアンタはどっか行きなさい、この腹黒男」
「酒が入ってても手厳しいな君は……」

 いつも通り自分限定で鋭くなる視線を受け止めて、冷や汗をかきつつ苦笑するスティーブン。穏やかでない空気に、両者を見比べてクラウスはアワアワと大きな手を彷徨わせた。気にしいのリーダーを困らせることこそ本意でないK.K.は、眉間に入れた力を少し抜きながらもプイッと顔を背けてしまう。

 ツェッドと件の彼女が、彼らの師匠によってHLに置き去りにされてから早6日目。気を失った弟弟子と共にライブラ御用達の病院へと担ぎ込まれた彼女は、しかしツェッドが翌日目を覚まし退院しても、一向に意識を取り戻す気配が無かった。ザップ曰く『飼い犬に手ェ噛まれて腹立てたんだろ。大人気ねぇ』とのことだったが、あの色んな意味で人間離れした師匠殿の心の内を正しく知る者など、本人を置いて他は無いだろう。正反対の人間性を持ちながらも双方実力派な兄弟分と同じく、斗流の技を会得しているというその女性は、果たして喋ってみればどんな子なのだろう。そんな風にライブラの面子の間で噂をするうちに、彼女は気がつけば随分と美しい容姿も相まって “Sleeping Beauty” などとジョーク半分、本気半分で呼ばれることがあった。本人が聞けば奇声をあげて全身を掻きむしりつつ床を転げまわることだろう、とぶっ飛んでいるが正しい予測ができているのは、実際の為人を知っている兄弟弟子のみである。
 目を覚まさないことについてはそれだけの重傷を負っていたのだから仕方ないのだが、ライブラの仲間達にとって意外だったのは、兄弟子と弟弟子が然程悲観するような様子を見せなかったことだろう。担当医に粛々とした様子で全治まで少なくとも半年は……と告知された時、「んじゃ1週間もありゃ起き上がってくるな」「そうですね」と珍しく意見を丸々一致させた2人に、聞いていた人間の方が思わず目を丸くしたぐらいだ。ザップの雑極まりない予言が正しければ、明日にはあの危篤状態と言って差し支えなかった患者が病院を出てくるということになる。

 繊細なリーダーとは対照的に色々と図太いザップ・レンフロ。こちらはライブラの副官と凄腕スナイパーの醸し出す刺々しい空気など慣れっこの様子で、先のK.K.の質問に対して首肯を返した。

「確か米日の混血っつってましたけど、いちおーアメリカの生まれらしいっすよ。俺とジジィが初めて会ったのもニュー・イングランドの山ん中だったんで。なんか熊とか捕まえて喰ってましたね」
「……熊?」
「熊」

 ニュー・イングランドと言えば、アメリカの北東部にある6州を束ねた地方だ。現HLから意外にもそう遠くない生誕地に、ほうほうとオーディエンスが興味と共に相槌を打つ。しかし、熊。……熊。全てを持って行った熊。
 スリーピングビューティ……眠れる森の美女と言えば、ロマンティックラブストーリーとしては定番も定番である。しかし話を聞いたメンバーの脳内では、囚われのヒロインが城を取り囲む茨をカグツチの業火で焼き払い、片手に熊肉のスペアリブを齧りながら遅れてきた王子を蹴り飛ばして爆発を背景に城を脱出するという何級映画かも分からないようなストーリーが一瞬にして駆け巡った。そして逞しすぎるヒロインのお姫様の顔が、病院のベッドで静かに目を閉じていた美少女のそれにスッと挿げ替えられる。…………シュールの極みだ。

「え、ええぇ〜〜〜……ザップさん話盛ってません? だってあんなにキレーな女の人だったのに」
「おいおい、あのメスゴリラのどの辺が『キレーな女の人』? これだから童貞は。審美眼ってモンがなってねぇな、これだから童貞は」
「2度も言うなSS先輩。あんな美人見てんなこと言うの間違いなくザップさんだけっすよ。アンタこそ普段あんなに散々女の人と遊んでる癖に目腐ってんすか?」

 「か?」を言い終わるかどうかの辺りで既にレオナルドの頭に腕を回していたザップは、そのまま躊躇なく後輩にギリギリとヘッドロックをかました。更に鬼畜なことに、その状態のまま妹弟子にまつわるメモリーをつらつらと語りだす。

「あっだだだだだだだだァ!!」
「大体アイツ頭おかしいって。クソジジィの地獄みてえな修行で死にかけまくる癖して寝て起きたら『お師匠様〜おはよう〜』とか言ってやらせた張本人に駆け寄ってくし、ジジィが見てねえ時ですらサボんねえし。悪夢の満漢全席みたいな経験しといて鍛錬楽しーとか抜かしやがるし。あれマジで変態だから、只の筋トレバカだから」
「ちょ、語るのはいいんす、げどっ、せめてこれ外しィッデデデデぇ!」
「好奇心乳幼児並みだから変なことにふらふら顔突っ込んで結局俺が子守りする羽目になるわ、暇さえありゃにいちゃんにいちゃんっつって俺の後ろばっか着いてきやがるわでよぉ、ヒヨコかってんだよバカヤロー」
(あ、可愛くは思ってるんだ……)

 先程突っ込まれたスピリタスが効いているようで、自分を取り囲む生暖かい目、ついでに最早悪口なのか惚気なのかの分別も本人にはついていないようだ。それにしても話の内容からして、ザップが不真面目と断ずればいいのかそれともその子が図太過ぎるのかと、レオの悲鳴をBGMに(クラウスが慌てて止めたが)その場のほぼ全員が首を傾げる。ただし同じく彼女をよく知るツェッドだけは、瞳の無い目を細く釣り上げて不機嫌さを表に出していた。

「……あんなに自分を慕っている妹分を、(後半はともかくとして)よくもまあそこまで悪し様に言えますね。実は貴方のことは彼女からしょっちゅう聞いていたんですよ」
「あ?」
「いつかあなたと僕に会って欲しいとも言っていましたが……キャスの言う通りでしたね。『なんか君ら反り合わなそうだからご飯とか食べに行ったら初っ端から寿司屋とか連れていかれるかもしれないけど、広い心で許してやってね』と」
「すげえ一言一句外してない」
「ザップ、お前そんな下らないことしてたのか」

 阿呆丸出しの嫌がらせをぴたりと言い当てた言葉に、思わずといった調子で「例の日」を思い出したレオナルドが感嘆を溢す。そのお陰で呆れを存分に込めた視線をあちこちからザクザク突き刺され、長兄に当たる筈の兄弟子は唇を尖らせてもにょもにょと何やら言語にもならない言い訳をしている。四方八方どこから見ても自業自得なのだが、それで反省するという選択肢を取れるならばそれはザップ・レンフロではない。総評:存在がクズは伊達ではないのである。八つ当たり気味に口火を切ったツェッドへとガンを飛ばし始めたが、視線をやられた本人もまた、見えない火花を飛ばして相手を睨み据えた。
 本来理性的なツェッドには、先程注がれた無茶なアルコールが口を軽くさせているという自覚もある。が、挑発のような言葉を喉の奥にしまい直すことは出来なかった。


「貴方にとってはただの使いっ走りかもしれませんが、僕にとっては人界の常識を教え面倒を見てくれた、云わば姉であり小さい母でもあります。あまり僕の前でコケにしないで頂きたいですね」


 初めは、彼女が楽しそうに話をするのが嬉しかったのだ。ただ初めて会った時には自分より随分と背の低かった姉弟子に、それでも自分はいつまでも勝てなくて。慕わしさや懐かしみを込めて兄貴分のことを語る彼女は、目の前の自分と誰かを比べるような人ではないと、分かってはいたのだけれど。
 胸にあるその感情が、人類が姉や母親に向ける種類のそれと本当に一致しているかどうかは、未だ人との関わりの経験が多くないツェッドの知る所ではない。しかしもやもやとした思いを抱えつつも、カスガが大切に思うその人と、いつかは会って自分も良き関係を築けたら。そんな風にいつしか前向きに考えられるようになり、

実際に会ったらコレである。

 文句を垂れるうちに感情が高ぶり、血の巡りが良くなって更にアルコールが回る。そんな悪循環をスタートさせていたツェッドは最早気付いていなかったが、彼は思考の全てを口に出していた。
 同じく酒で頭をやられつつも弟弟子に飛びかかろうとするザップを羽交い絞めにするレオナルド、そして「え、アンタ達まさかの三角関係? 修羅場? 修羅場なの?!」と隻眼をこれ以上ないほど輝かせるK.K.。頼むから職場に痴情のもつれなぞ持ち込んでくれるなよと胃を痛める副官に、仲良きことは美しきかなとバックにお花を飛ばすリーダー。ひとたび共通の敵が現れれば凄まじい団結力を見せる錚々たる面子だが、それ以外では割と大体カオスな集団のパーリーナイトは、今日も今日とて騒がしく更けていった。

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