Absence makes the heart grow fonder.

グーテン・ターク、銀猿の妹弟子です。


 不思議なものは、異界からやってくるだけじゃない。……内緒だがな。

 ドアを開ければ、モンスターホラーとパニック映画とSFとアクション物をごちゃ混ぜにしたようなご近所の風景が広がる。この珍妙に過ぎる町並みにも漸く慣れてきたところだが、「退屈な日常に飽き飽き」だとか、そんな言葉はこの町の住民にはまず無縁のものに違いない。
 何度目になるかも分からない感想を抱く一方で、兄弟子や弟弟子を含めた物騒な職場のメンバーをふと思い出す。彼らとの出会いは、そう昔のことでもないのだ。……とはいえ本当の初対面の時に、私の方は終始意識が無かったらしいのだけれど。



「ええと……お褒めに預かり光栄です、汁外衛殿」

 それはそれは強固に鍛えられた表情筋を総動員して、ライブラの副官は死闘を終えたばかりとは思えぬ柔らかな笑顔をにこりと浮かべる。『塵芥』程度の見所がある、という言に対しての返答がそれで適切かどうかは定かではないが、この人間の限界を超越した強さを振るう『血闘神』は、スティーブン・A・スターフェイズ程の実力者をもってしても敬意を表するに十分すぎる相手であった。丁寧な動作で頭を下げ、少しばかり視点が下りたところで――改めて、かの御仁と出会った瞬間からとにかく気になっていた「ソレ」が、否が応にも意識のど真ん中で主張する。

「それで、その…………先程から小脇に抱えていらっしゃる女性?は、」

 普段は明快で論理的な言葉をするすると繰り出す彼の口が、目の前の光景のシュールさに思わず動きを詰まらせる。失礼にあたると知りながらも性別の後に疑問符を飛ばしたのは、ぞんざいに持ち運ばれているその人物があまりにもボロボロな状態にあったからだ。ここに来てからすぐ傍で建物や地面が崩壊したり、必殺技のオンパレードだったりとかなり騒がしい状況が続いていたはずだが、どれほどのダメージを受けているのかぴくりとも目を覚ます気配がない。とはいえ荷物でも運ぶかのように抱えるというよりは持たれ、体をぐったりとくの字に曲げているため、ライブラのメンバー達からは目どころか後頭部しか見えないという有り様なのだが。

 随分と重傷な状態にあるようですが、今すぐ病院に搬送しなくてもよろしいので?
 その女性は何故そんなことになっているのですか? もしかしなくてもお知り合いですよね?
 というか寧ろ貴方が彼女を痛めつけたのでしょうか?

 どこをどう突っ込んだらいいのかとライブラの副官が珍しくもたついた時、斗流血法創始者はキシャシャシャと再び独特の声を上げた。彼の半端に途切れた言葉に返答をくれているらしい相手の発声を受け、その弟子であるザップに素早く視線で通訳を要求する。

“ 糞袋の妹弟子に当たる娘だ。そこの三番弟子を血界の眷属ごとタコ足に突っ込ませたと教えたら、身の程も弁えずに飛びかかってきよったわ ”

「――……ってハァ?! コイツやっぱキャスかよ! 何やってんだアンタ!!」

 その言葉を訳し終えるなり、師が身に纏っているぼろきれのような外套に掴みかかるザップ。相手の顔を見るなり全力で怯えて逃げ出した数時間前とは真逆の態度だったが、イラッとしたらしい汁外衛によって見るからに頑丈な杖で脇腹をどつかれ、呆気なく地に伏した。妹分想いな反抗も空しく、何ともご無体な師弟関係である。
 しかしこの1日足らずの間に彼らの力関係をすっかり把握していたライブラの面子は、(弟子の人柄や普段の立ち位置も相まって)特にその扱いに何かを言うこともなかった。心優しい彼らのリーダーが、唯一心配そうにアワアワと冷や汗を飛ばすばかりである。

「ザップ。ツェッド君とは初対面だったようだが、こちらの女性とは面識があるのか?」
「っす……つっても最後に会ったのが何年も前なんで、初めは誰だか分かんなかったっすけど……」

 ザップがダメージを受けた横っ腹を押さえながらよろよろと立ち上がったところで、何故かとどめとばかりに抱えられていた女性がボールか何かのように投げつけられる。当然ながら受け止めきれずに2人して地面に打ち付けられそうになったところ、力の強いクラウスが慌てて彼らを支えに入った。
 兄弟子がギリギリのところで抱えてやっている為、その体に重なってその女性の顔までは見えないが、首から下は荒事に慣れっこのライブラの面子すら顔をしかめるほどに傷だらけ青痣だらけ、その上血塗れだ。おまけに腕と足は一本ずつおかしな方向へと曲がっている。ザップは汁外衛を無謀にも『ボロ雑巾』などと呼称していたが、大層失礼ではあるが彼女の今の身なりや負傷っぷりの方がよっぽどその形容に相応しい状態であると言えよう。

「キャス! ああ、何て無茶を……!」

 姉弟子の惨状に固まっていたツェッドも、我に返ってあたふたと3人の傍へ駆け寄る。同じく被害を受けた筈のザップには見向きもせず、淡い水色の筋肉質な腕が姉弟子の上半身をそっと助け起こす。ツェッドが怪我の具合を確かめるように前髪をかき分けると、現れたのはライブラのメンバー達が想像したよりもずっと年若い娘の顔だった。
 しかしそんな彼らの驚愕や焦りもどこ吹く風とばかりに、汁外衛は枯れ枝を思わせる長い指で、キャスと呼ばれた彼女とツェッドを順繰りに指す。

“ 合格じゃ、こいつらを任せたぞ”

「……は」
「え?」

 余りの超展開に固まったその場の空気を物ともせず、“ ではな ”と申し訳程度の言葉を残して音も立てずに掻き消えた血闘神。姉弟子の容体を見るために中腰になっていたツェッドは、暫く師がそれまでいた場所を呆然と見つめていた。

「…………聞いて、ないです」

 だろうな。
 ライブラのメンバー達の心の声が一致した瞬間。哀れな末弟子はあまりの事態に声もなく、冷や汗もそのままにバッターンと倒れた。

「おわ、マジかコイツ!」
「過労とショックのダブルパンチだな。気の毒に……」

 つい先ほどまで気丈に自分と背中を合わせて戦っていた弟弟子の、あんまりな状態に慌てるザップ。そしてその横から、心底同情した様子で倒れたツェッドの顔を覗き込むスティーブン。とりあえず彼らが真っ先にしなければならないのは、死にかけの女と半魚人をまとめて診てくれる病院を探すことだろう。


 こうして慌ただしくも、ライブラにまた新しい風が吹く。

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