シーフとモンク

 ハワードは巨大な城に圧倒されていた。遠くからはその姿を目にしてはいたものの、近くで見る迫力は勿論、ましてや中に入った事など当然なく一般人根性丸出しで周りをキョロキョロ見回しながら、そんなハワードとは違い黙って見向きもしないスティーブとヨーナの後を付いて行く。
 そして着いた先は謁見の間。ハワードの緊張はいよいよ高まる。スティーブを見上げると目が合った。「大丈夫じゃ、何も心配ない」そう、目線が語っており、少しだけ安心した。 
 ヨーナが頭を下げる先には、玉座に座ったコーネリア王がこちらを見ていた。隣には大臣も控えている。ハワードは結局緊張しながら、スティーブに倣ってぎこちなくお辞儀した。
「陛下。お連れ致しました」
「大義であった」
 コーネリア王はヨーナを労い、そしてスティーブとハワードを見詰めた。その佇まいは威厳を保ちつつも、瞳には何処か焦りが浮かんでいるような気がした。
「楽にするがよい」
 そう言われていくばくかハワードは緊張が解けた。
「スティーブ・カーター。そなたを呼んだのは他でもない、ガーランド騎士隊長の事で、だ……」
 重苦しそうに口を開くコーネリア王。スティーブの表情が一瞬曇る。
「そなたとガーランドは友人だと聞く」
「……昔の事にございます。疎遠も疎遠。今日交流など一切ありません、故……」
 権力者を前にスティーブは臆する事もなく告げた。振り切るように、認めたくはない思いが窺えた。コーネリア王はスティーブの態度が気にかかりながらも話を続けた。
「だが、友人だったのであろう?」
 そう言われてはスティーブも言い返せなかった。
 確かに、ガーランドとは親しい仲だった。しかし今思えばこちらが勝手にそう思い込んでいただけかも知れない。ガーランドの交遊関係など自分以外まるで分からないのだ。
「そなたを見込んでだ。ガーランドを説得して欲しいのだ」
「一体どういう事でしょうか?」
 反らしていた視線を戻すと、コーネリア王は吐息しながら経緯を話し始めた。
 ガーランドは突然王女セーラをさらい、カオス神殿に逃げ出したのだと言う。何の前触れもなく、不満だった様子もなかった。兵士達が止めにかかったが、コーネリア一の剣豪に敵う筈もなく、大半が負傷して被害は甚大であった。
「ガーランドが何を考えての事かは分からぬが、兵力も不安な今、話し合いで解決出来るならそれに越した事はない。そなたが頼みの綱なのだ」
 コーネリア王に懇願されては、断る事は不可能だった。

 黙って回廊を歩く。先を行くヨーナの背中を見ながら、ハワードは時折スティーブを横目にした。スティーブはコーネリア王に目通りした後も、終始不機嫌だった。ガーランドの件を引き受けざるを得なくなり、どうしたものかと考え倦ねていた。自分には何の関係もないし、一般市民のする事ではない。それに、いくら友人だったとは言え、気不味い別れ方をしていたので会うのは気が重い。
「そなたも敵わなんだか。あんなに豪語していたのにのう」
 スティーブに言われて、ヨーナは立ち止まった。
 それは随分昔の事。スティーブもまだ城に勤めていた頃。新兵でしかなかったヨーナはガーランドに憧れていた。いつか実力を認められ、彼を追い越したいと思っていた。
「私が、それまでだったと言う事だ」
 悔しそうに唇を噛み締め、拳を握り締めている。ハワードは同情した。きっと彼女はガーランドを心から尊敬している。彼女もまた助けて欲しいと心底思っているに違いない。
 スティーブは何度目かの溜息をついた。
「やってはみるものの、二人だけでは心許ないのう……。兵士を寄越してはくれぬか」
 簡単な男ではないのはヨーナも良く知っている筈なのに、首を横に振った。
「貴殿が説得するのに兵を連れては、いかにも鎮圧しようと言うのが見え見えだ。警戒される。王女の命が最優先だ。あくまでも話し合いを。心配するな。私も気取られない所で待機する」
 これは一筋縄ではいかない。スティーブはハワードを見て、弟子を連れて行くかどうか迷った。まだ実戦は経験していない。もし戦闘になって怪我でもしたら、怪我では済まされない事になったら。マトーヤに顔向け出来ない。一人になるが、置いて行くべきだと決断した。
「……スティーブ。もしかしてぼくを置いて行こうと思ってる?」
 マトーヤ譲りなのか、その聡さに面食らう。困った笑みを向けて誤魔化そうにも無理そうだった。
「そうじゃの……。お主はまだ、こ」
「ぼくはもう子供じゃない。スティーブこそ、何かあったらどうするの」
「しかしのう」
 言い合う二人を見て、ヨーナは何やら閃いた。
「そうだ。面白い男がいた」
「面白い?」
 スティーブは訝しそうに聞き返す。ヨーナは頷く。
「先日、宝物庫に盗みに入ったシーフだ」
 馬鹿なシーフもいたものだ。スティーブとハワードは呆れた。大体は捕まって成功などしない故に、危険を犯してまでやろうとする者は少ない。
「この騒ぎで処分を決めかねているところだったのだ。丁度良い、奴も連れて行くといい」
「罪人なぞ当てになるものか」
「だが、腕は立つ。見張りが何人かやられてしまった。それに、罪人になるかは奴次第だ」
 意味深にヨーナはスティーブとハワードを地下牢へ案内した。

 階段を下って行くと、だんだん太陽の光から遠ざかる。薄暗い地下は湿気を帯びておらず、思っていたよりは快適な空間だった。それほど息苦しさもない。
 ヨーナは一番手前の牢屋で足を止めた。中には項垂れる形で座っている男が一人。纏うバンダナから金髪が色濃く映えている。けだるそうにピクリとも動かなかった。
「頭は冷めたか?」
 ヨーナが声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。ブラウンの瞳がこちらを見詰め、ハワードは何故か心がざわついた。この感覚は覚えがあった。初めてスティーブと会った時もそう、何処か落ち着かなかった。
「綺麗な顔して、やる事はえげつないね、副隊長さん」
 にへらっと笑い、悪びれる事もなくふてぶてしい態度をとるのを見て、先程の感覚は消え失せたハワードは、男を気に食わなく思った。
 ヨーナは相変わらずの男に呆れながらも話を続けた。
「ふん。普通なら処罰しているところだが、貴様に免罪のチャンスをやろう」
「どういう事だ?」
 男は訝しんだ。ヨーナはスティーブとハワードを引き合わせる。
「この者らに付いて行き、国の為に尽くすのなら免罪してやる。どうだ」
 さすがにいきなりの事で男も状況を飲み込めず、驚くばかりであった。スティーブとハワードを交互に見遣り、益々訳が分からないと言ったようだ。
「一体何のこっちゃ知らねえが、本当に免罪にしてくれんのか」
「ああ。約束しよう」
 ヨーナの断言に男はややあって頷いた。
「……よし。しょうがねえが、やってやるよ」
「お主、名は?」
 スティーブは繁々と尋ねる。どんな男かと気に病んでいた顔は、すっかり穏やかになっていた。多分、そこまで悪い男ではないと思えたからだ。
「ジェットだ。ジェット・ブエンテロ」
 ジェットは悪戯な目色で笑った。


 早速ガーランドが逃走した先、カオス神殿へ向かう事になった。城門までの道を歩きながら、釈放されたジェットは背伸びをした。
「んあーっ。やっぱ外はいいねえ」
 これから戦う羽目になるかも知れないのに呑気なものである。不意に視線がハワードに向けられる。
「ハワードだっけ。おまえ、あのスティーブってのと親子?」
 また、間違えられた。一緒にいると感化されて顔まで似てきているのか。ハワードはうんざりしながら簡潔に言った。
「赤の他人の弟子」
「でもおまえ、黒魔だよな。アイツ白魔じゃん……」
「魔法の根本的な詠唱は同じだし、そういう概念は視野を小さくするだけだ」
「ふーん」
 さすがに専門外でそれに突っ込んだ返事はせず、ジェットは黙った。それに加えて門の方がやけに騒がしかったからだ。見ると誰かが門番に何か言い立てていた。
「おまえらじゃ話にならねえよ。責任者呼んで来い!」
 怒鳴る顔は真紅の瞳を揺らし、強かさを湛えている。鍛え上げられた肉体は手練れと知れた。
 立ち止まったスティーブとハワードは顔を見合わせる。何か余程の事があったらしい。ジェットは面倒臭そうな顔をしてそっぽを向いた。
「何事だ」
「あ、ヨーナ様、この男が先程から」
 ヨーナに気付いた門番は泣き付くように助けを求めた。男はヨーナを上役と見るやいなや、喚く。
「俺はな、わざわざ遠いガイアから」
「もしかして、グレシャム流棒術の師範であったか」
「え? ああ」
 いきなり遮られた言葉は正にその通りで、男は溜息と共に訴えた。
「その師範が頼まれて稽古に来たって言うのに、急に取り止めとか納得いかないんだが」
「その事についてはすまないが、当分延期だ。今は城の一大事故、このままお引き取り願いたい」
「だから急に、んな事言われても」
「改めて使者を送る」
「こっちにだって都合ってもんが」
 なかなか折り合いのつかない話に、じれったくなったジェットがしゃしゃり出た。
「そんなに稽古したいなら、コイツも連れてってやれよ、副隊長」
 その場にいた全員が唖然とした。
 ハッキリ言えばスティーブ達のように全く関係のない人間をわざわざ連れて行くのだ。それは気が引けるものだが、ジェットは男に言い放つ。
「実戦だ。いくら稽古したって実戦で何も出来なきゃ意味ないだろ」
 男は黙りこくった。
 武道には心技体と言うものがある。強くなる為というのは勿論だが、心身を鍛える面も重要であり、強さだけがすべてではない。ジェットの言葉が頭にきた部分もあったが、力を試したいという本能が疼いた。
「……その一大事と言うのが、実戦なのか」
「そうらしいぜ」
 なあ、とジェットはヨーナに同意を求める。軽々しく言ってくれるなと睨まれたがお構いなし。
 選択を迫られた男は一変し、息を吹き返したように暗かった表情が晴れた。
「このまま帰っても、実戦なんて出来そうにないしな……」
 ニッと勝ち気に笑った。
 まるで涼やかな水流。ハワードの心はまた同じようにざわめいていて、何故だろうと不思議に思う。
「てな訳で、俺も連れてってもらうぜ」
 男は有無を言わさずヨーナに迫る。それで気が済むのならとヨーナも拒否しなかった。
「俺はイグナシス。よろしく頼むぜ」
 これから同行するメンバーを嬉々と見回すと、真紅の瞳に闘志を宿していた。

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