対ナイト戦

 カオス神殿まではモンスターも現れたが、難なく倒して進んだ。寄せ集めたその場限りのメンバーではあったが、戦闘能力は悪くない。任務という意識もあってか、チームワークに大きく支障を来すような事はなかった。
 イグナシスは棒術の師範とあって強く、ジェットは二刀流で素早い動きを見せる。弓矢と初歩程度であるがハワードの黒魔法も活躍。そして白魔法で援護しつつ、弱った敵を杖でぶん殴るスティーブ。
 まるで、長年パーティを組んでいたかのような気さえした。
「中々やるではないか」
 四人と少人数の部下を連れたヨーナは、自分の出る幕はないと呟く。これほどとは期待以上で、もしもの事があっても大丈夫だと思った。
(最悪の事態に、なった場合だが……)
 一抹の不安。
 ヨーナの知るガーランドは、正義感に溢れた好漢。みんなに慕われていた。そんな人が何故。急に人が変わったかのような行動を取ったのか。
 部下の兵が次々とやられる中、最後に立ちはだかったのはヨーナだった。気絶したセーラを抱えたガーランドの表情は、兜越しでは窺えなかったが、全身から放つ気配は狂気に満ちていた。セーラを救いたい一心で、憧れの存在へ刃を向けた。
 ──ガーランド様、一体何故!
 ヨーナの叫びに、彼はたった一言。
 ──おまえに、俺が殺せるか?
 どうしてもその背中に手は届かない。いくら手合わせをしても、その強さを越えられなかった。
 ──……っ、いくらガーランド様とて、許さぬ。セーラ様を、放せ!
 対峙し、勝ち目は無いと分かっていても、戦いを挑むしかなかったのだ。
 コーネリア城での一件を思い出していたヨーナは、ジェットの声で現実に引き戻された。
「なあ、オレ達、なかなか良いパーティじゃねーか?」
 先陣を切りニコニコと楽しそうに闊歩する姿は、牢屋にいた時とは別人のようだ。これから何をしに行くのか分かっているのかと、ヨーナは溜息をつきたくなった。
「まあ、否定はしねーけど」
 イグナシスが同意すると、隣にいたハワードも、相性は悪くないかもと思った。ただ、その場限りのメンバーである。これからずっと一緒にいる訳ではないので、口にはしなかった。
 いつの間にか、ヨーナの横にスティーブが来た。
「浮かないのう」
 しれっと言われ、ヨーナは暗い視線を向ける。
「貴殿には話し合いを、などとは言ったが、ガーランド様はもう、別人にすら思えた。多分、一筋縄ではいかない」
 今思えば、最近はどことなく様子がおかしかった。気付けなかった失態も重圧となる。
「まあ、儂も話し合いでなんとかなるとは、思うていない」
 意外にも同じように思っていた。しかし、それだけで二人の微妙な空気が改善する事はなかった。それきり沈黙する。今は仕事、作戦実行の為に集中、割り切るしかない。
 やがて、カオス神殿はもうすぐそこまで近付いていた。

 大昔の遺跡であるカオス神殿。その名の通り、昔は信仰の場としてたくさんの人が御参りに来ていたらしい。今となってはその信仰も薄れ、忘れ去られた存在である。
 ようやく目的地に辿り着いた面々は、聳えるカオス神殿を見上げた。あちこち劣化が激しいが、崩れるといった心配はないようである。
「では、手筈通りに……」
 ヨーナの言葉に、四人は頷き先行した。神殿内は、思ったほど空気は淀んでいない。むしろ澄んで冷たいのが逆に不気味で、静かな緊張感が肌を伝う。
 奥へ進む中、ハワードは嫌に胸が痛み出していた。何故だろうか、そんなつもりはないが、今更怖くて不安になったのか。思わず隣にいたスティーブのローブの袖を掴んだ。
「どうしたのじゃ? 何か」
「あ、いや……なんでもない」
 小声で応えられ、ハワードは慌てて手を放した。自分から無理を言って付いて来たくせに、怖がっている暇はない。
 祭壇の間に着き、いよいよ扉を開ける。この中にガーランドがいるのだろうか、四人に緊張が走った。
 軋む音が響いてこだました。開け放たれた扉の先、それほど広くない空間の奥に、微動だにしない黒い人影がある。身構えるジェットとイグナシス。スティーブはそれがガーランドであると確信した。ハワードも緊張で体に力が入る。影がゆっくりと動く。
「……随分と、懐かしいニオイがする」
 振り向いた男はやはりガーランドであった。鎧兜に身を包んだ彼の思考は汲み取れない。隣には横たわるセーラの姿が確認出来た。
「久し振りじゃのう。ガーランド」
 スティーブが口を開けば、ガーランドは苛立ちを見せた。
「何故、貴様がここにいる」
「さあて。儂も別に来たくはなかったのだがのう」
 これは本音であるが、と乾いた笑いを見せた。
 お互いに、出来れば二度と顔を合わせたくないと思っていた。今更それを語るのも憚られる。だが、その感情とは裏腹に、どこか冷静にガーランドを見ていたスティーブ。
「変わったの、お主」
「貴様は相変わらずのようだな」
 変わらずにいられなかった者と、変われなかった者。対峙した時から、知った限りの昔の面影は、ないと思った。別れたきり、あれからガーランドがどういう経緯を辿ったのか、スティーブには計り知れない。
「で、一体何を企んでおるのじゃ? まさかセーラ王女を好いて、なんてオチではあるまいの」
「ほざけ。王女は必要なコマであったのでな。だが、教えてやったところで、理解出来まい」
「ふん。分かりたくもないわい。言ったであろう。儂は来たくて来たのではない、と」
「コーネリア王の差し金、か」
 大体の見当はついていたガーランドは、結論付けると、スティーブ達を見て笑い出した。
「ククク……そうか、そういう事か。皮肉なものだ。神も意地悪い」
 睨むスティーブに、狂気に満ちた視線を向ける。
 ハワードは重圧を感じながらも、いつでも黒魔法を放てる用意は出来ていた。もう、この二人は相容れないのだ、と。
「貴様らが、私を殺してくれるか……?」
 それが合図だったかのように、ガーランドが太刀を構えようとした。それを見逃さなかったジェットは電光石火で攻撃に掛かり、イグナシスも後に続く。
「だったら死にさらせや!」
 右手からは短剣二刀流のジェット、左手からは棒術のイグナシス。スティーブはプロテスで援護し、ハワードは少し離れた所から弓矢を構える。
「笑止!」
 速攻をものともせずに、ガーランドは太刀で薙ぎ払う。ジェットとイグナシスが吹き飛ばされた瞬間、ガーランドはスティーブ目掛けて走り、太刀を振りかざす。スティーブはそれを咄嗟に杖で受け止め、勢いが止まる。ガチガチと力がぶつかり合い、互いに一歩も譲らないが、体格差は明らかでスティーブの分が悪い。
「ぐ、うっ」
「スティーブ!」
 ハワードが矢を放つ。しかし、ガーランドはものともせずに片腕で払う。黒魔法の練習の合間に体力作りの一環として始めたが、まだ弓矢の扱いは不慣れで仇となった。
 その間にジェットとイグナシスが体勢を立て直し加勢に入る。ガーランドは一度距離を取ろうと下がろうとした。その瞬間、魔法を放つタイミングを見極めていたハワードは、ありったけの力を込めてファイアを放った。燃え上がる炎に視界が失われた時、ガーランドは太刀の風圧で掻き消そうとした。
「小癪な!」
 太刀が炎を真っ二つにし、戻った視界と共に現れたのは、スティーブ達ではなく剣を振りかざしたヨーナだった。これにはガーランドも驚き、意識しない程度に行動を鈍らせた。
「お覚悟ッ!」
 ヨーナは迷う事なく、ガーランドの鎧を貫いた。同時にコーネリア兵が取り囲み、それぞれの武器の切っ先が一斉に追い撃ちをかける。
 戦いが始まったら、後戻りは出来ない。平和的解決は諦めてくれとスティーブは言った。ヨーナも承知した結果は予測通り。
話し合いなど、初から無理だった。
 いくつも体を貫かれたガーランドは、鮮血を流し、よろめきながら肩で息をする。これでは回復も間に合わない。
「……どいつも、こいつも。何故、私の邪魔を、ゴプっ」
 口から血を吐きながらも、ヨーナを兜の隙間から睨みつけた。だが、畏怖は感じない。空っぽだと。
「もう、剣豪と謳われた、私の憧れた武人はいないのですね……」
 ヨーナは寂しそうに呟いた。
 最後の悪あがきか、ガーランドは笑った。
「私は、死な、ん……、……」
 スティーブ、私の後を追って来い。
 後は言葉にならず、スティーブ達が見守る中、息絶えた。
「お主は、こんな最後が望みだったのか」
 憐れそうに、スティーブはかつての友人に問い掛けた。答えは永遠に聞けない。
 死に際の鋭い眼光が、ハワードに焼き付いていた。言葉では言い表せないが、嫌な感じを受けた。これで本当に終わったのだろうか。しかしハワードの心配をよそに、ガーランドはピクリとも動かない。
「やったな」
「ああ」
 そんなハワードの後ろで、ジェットとイグナシスも拳を合わせる。
 ヨーナはセーラを無事保護し、大した怪我もなく安堵した。
 ガーランドの一件は、スティーブ達の活躍と、ヨーナとコーネリア兵の突入により、決着に至ったのだった。

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