白魔導師と黒魔術士

 平穏は些細な事で脆くも崩れ落ちる。それを知ってか知らずか、影は忍び寄り、均衡はギリギリを保ったまま危うい。人々は疑いもせず、誰ひとりとして気付く者はいなかった。

 世界最大の面積を誇る大都市コーネリア。各地から様々な人間がやって来る。ある者は商売、金儲け。永住を決めた者や夢を追い求めてやって来る若者達。そして観光する者まで、人で溢れ返っていた。
 賑やかな市場の町並みから少し離れた静かな住宅街を魔術士のハワードは、一人荷物を抱えて歩いていた。カゴの中には収まり切らない薬草やら食料のパンがはみ出している。ハワードは角を曲がってすぐの、お世辞にも立派とは言えない煉瓦作りの家に入った。この一帯の家はみな似たようなもので、一般的な階級の人間が暮らしている。コーネリア城に近い一帯は実に華やかで主に豊かな富裕層が住んでいた。
「ただいま……」
 ハワードは入ってすぐのダイニングテーブルの上に荷物を置いた。だが、返ってくる返事はない。分かりきっていたが、一応確認の為奥の部屋に行くと、いきなり凄まじい爆発音が耳に響いて痛かった。さも驚きもせずに煙りに塗れた男に声をかけた。
「スティーブ、買い出ししてきたよ」
 スティーブと呼ばれた男は煙りを本で扇ぎ、ハワードを見て笑った。
「おお、すまぬなハワード」
 今年で35歳になったスティーブをハワードは多少疑いたくなった。30代の男としてはやや若く見えるスティーブは所謂童顔で、たまに周りから「兄弟ですか?」等と言われて、複雑に思っていた。兄弟でもないし親子でもない。二人は全くの赤の他人だ。
 こう見えてもスティーブは高等白魔法の使い手である。それを見込んだハワードの母親マトーヤは、魔法修行に預かってくれと彼に頼んだ。友人であるマトーヤの頼みならばとスティーブはハワードを弟子として側においていた。
「また失敗したの、輪廻転生」
 そう言われてスティーブは苦笑いした。コーネリア屈指とも噂される程の魔導師だが、今はこの有様。
「難儀な魔法だからの。そう簡単にはいかぬようじゃ」
 死者を甦らせる魔法は、どんなに力のある魔導師でも会得出来ない場合が殆どである。力量を遥かに凌ぐ、ごく限られた魔導師しか使えないまさに究極の魔法だった。それ故、国の権力者に狙われ戦の道具として利用されるのが落ちである。過去、輪廻転生を操る魔導師はみなそうだった。
 もしスティーブが輪廻転生を会得してしまったら、同じ道を辿ってしまう。ハワードはスティーブが一生会得出来ないでいてくれる事を願った。
「儂は諦めぬよ。魔導師の最終目標であり、夢じゃからな」
 スティーブはハワードの心中を見透かしたかのように言った。床に書いてある魔法陣から抜け出て、もう昼だと笑いながらダイニングへ行ってしまった。ハワードは魔導師を目指す者として納得出来ずモヤモヤしていた。自分は絶対にそんな魔法は覚えたくない。だから魔導師になるのなら白魔法より黒魔法がいいと黒魔術士に志願した。そんな固い決意を秘めつつ、ハワードもダイニングへ行った。
 スティーブはカゴから食材を漁り、適当に取り出すと、久し振りに何か作ろうとしていた。いつも料理は修行の一環だとハワードが作っていたので、何事かと思った。
「ぼくが……」
「いい、座っておれ。気まぐれだ」
 と楽しそうに鼻歌を歌いながら料理を始めた。スティーブの本当に久々の料理に内心冷や冷やしつつも何だか嬉しかった。それが例えたまご尽くしであろうと。
 ハワードは座って待っている間、初めて此処にやって来た日の事を思い出していた。スティーブの印象は今とだいぶ違っていて、実に立派に見えた。いかにも偉い魔導師だと畏怖さえもした。だが、今はただの親戚のたまごが大好きなおじさんくらいにしか見えない親近感。勿論尊敬はしているが。
 結局出来上がったのはたまごの入ったサラダとたまごスープに、ハムとたまごのサンドウィッチだった。
 料理に舌鼓みしていると、そんな一時を終わらせようとする足音が近付いているのにハワードは気付かなかった。
「誰ぞ。騒々しい。食事中じゃ」
 突然スティーブが発した言葉で、ハワードはようやく家の回りが殺気だっている事に気付いた。直後玄関から武装した騎士がなだれ込むように入って来て、あっと言う間に二人を取り囲んだ。一体何事かと戸惑いを隠せないハワードは押し黙る。
「コーネリア騎士隊は、いつから民の食事の邪魔をするようになったのじゃ?」
 スティーブが騎士に睨みをきかせていると、少し遅れて立派な深い紫色の鎧に身を包んだ騎士が現れた。コーネリア騎士隊の紋章が刻まれたマントを緩やかにはためかせ歩いてきた。短い髪でその形から男かと思われたが、女だった。
「ご無礼をお許し下さい。スティーブ・カーター殿」
 押し通るような低めの声が響く。スティーブは眉をひそめた。
「……コーネリア騎隊士、ヨーナ・アルベル副隊長か」
 二人の口調はまるで知り合いかのようで、僅かに黙ったままお互いを見合った。
「コーネリア王より、直々にお連れしろとの命が下っております。我々と一緒に来て頂きたい」
 頭を下げるヨーナ。ハワードは驚いてスティーブを見た。
 確かスティーブは過去にコーネリア城で魔法研究の役職についていたと聞いた事がある。いざこざがあり辞めたとかでもう数年経っていた。今になって何故声がかかるのか不思議だった。
 スティーブは不機嫌にサンドイッチを頬張る。明らかな嫌悪が見られた。
「王様に呼ばれるような覚えはないがの」
「貴殿になくても、こちらにはあるのです」
 無理矢理にでも連れて行くと言う強い意思が伝わってくる。暫くやり取りが続いた後、考え込むスティーブ。真面目なその顔はやや疲れが見えた。
「スティーブ……」
 ハワードが不安そうに名前を呼ぶ。
 スティーブは、ふう、と溜息に近い息を吐くとハワードを見て覚悟を決めた。
「良かろう。ただし、儂の弟子も一緒に連れて行く」
「え?」
「行くぞハワード」
 同時にスティーブは立ち上がり、騎士隊を押し退けさっさと玄関から出て行った。ハワードは呆然と立つ事すら出来ずにいると、ヨーナに促された。
 訳が分からず、渦中に巻き込まれていく不安を拭えないまま、コーネリア城へ向かった。

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