「――説明してもらおうか」
「……」
門を潜り、割と簡単に侵入できて気を抜いたのがいけなかったのか、潜入してものの数分で、あろうことか那智に捕まってしまった。さて、どうしたものだろう。というか、よりによって何故ここに。
黙っている私にしびれを切らしたのか、眉間の皺を深くして私に詰め寄った。
「ところで、なんなんだその恰好は。一体、何の冗談だ?」
「いたって私は真面目です。先輩こそ、また接待ですか? 凝りませんね」
「……うるせえ」
ということは図星か。やれやれと息をついたところで、那智の背後の襖が開いた。目を上げると、そこにやけに派手にめかし込んだ男が立っていた。かなり大柄で、肌の黒い綺麗な顔をしている。さっと部屋の全体を見渡した鋭い目と目があった。
「――ほお」
「は?」
にんまりと笑った男がづかづかと部屋に入ってくる。いつの間にやら背後にいた男に驚く那智を押しのけ割り込むようにして、私に近づく。無遠慮としかいえない強引さに目が丸くなる。呆気にとられる私の手を掴んで、引いた。
「ほら、行くぞ。お待ちかねだ」
「え、あの、どち、」
「――失礼」
すっと私と男の間に割り込むと、那智は男を見上げた。那智もかなりの長身だが、この男は横、縦共に那智より大柄だ。ずっと迫力がある。
「申し訳ないが、彼女は私の連れだ。他を当たってくれ」
「遊女が連れだと? おかしなことを言うな、あんた」
男が面白そうに笑う。那智はやれやれとため息をついて、自分の方に私を引き寄せた。終いには、馴れ馴れしく肩など抱いてくる。
「つい先ほど、私が貰い受けることになった。ここの楼主とも話はついている。……なんなら、確かめてくるんだな」
「ほお。なかなか度胸があるじゃねえか。優男」
人は見ためによらねえな。男はにやりと笑う。そして、わたしの腕を離して男はひらりと手を振った。
「いいぜ、出てきても」
「――ったく、この忙しい時に人をからかうのは止せ」
「! ろ、狼そ、」
「しーっ」
襖の影からやれやれと狼が姿を現した。口元に人差し指を当て、静かにと笑う。私は慌てて口を閉じた。
「驚かせて悪かったね。こいつは、三蔵。節操無しのろくでなしだから、近づかないように」
「ひでえな。心優しい情報提供者に言う台詞か? 可愛くねえな」
「……おい」
「まあ、お前は俺の好みじゃねえから安心してな。俺はどちらかってえと、」
「おい!」
続けて、「触るな!」と悲鳴に似た声が上がる。先程から狼とこの大男、三蔵の話に何とか割り込もうと躍起になっていた那智が三蔵に何かされたらしい。飛び上がって、あろうことか私を三蔵の方に押し出している。
「……ちょっと先輩。部下を売るんですか?」
「こ、こいつ、け、ケツを…、人のケツを……!」
「……。あの、申し訳ないんですが、やめてもらえますか。ほら、怖がってますし」
「そりゃあ、残念。まあ、俺の専門は女だけどな」
三蔵はにやにや意地悪く笑う。どうもからかっただけらしいが、完全に那智が気が立った猫のようになっている。
「……三蔵。話が余計にこじれるから、その辺にしといてくれるか?」
「へいへい」
「えーと、忍ちゃんの新しい上司の…、那智くん、だっけ?」
大人しく引き下がった三蔵に呆れた目線を投げた後、狼は那智に目を向けた。が、那智の視線は狼を素通りして狼のちょうど後ろに立つ三蔵に向いている。射殺さんばかりの殺意を込めた目で睨んでいる。
「先輩。説明しますから、とりあえず落ち着いて下さい」
「落ち着いていられるか!」
「……時間もないし、我儘言わないで下さい」
「おっ、お前な!」
「――キャンキャンよく喚く男だな」
犬かと三蔵が小声で茶化すものだから、那智の顔が真っ赤に染まった。まさに火に油を注ぐとはこのことだ。那智の指がホルスターに伸びるのを確認した私は、咄嗟に那智の手を掴む。
「……おい、離せ」
「先輩。相手は一般人です」
「知るか。これは俺の沽券に関わる」
先程とはうって変って低く唸るようになった那智をなだめながら、涼しい顔をしている三蔵に非難の目を向けたが、相手はどこ吹く風だ。本当に頭が痛い。
「――えー…、話を元に戻すとだな」
困ったように笑みを浮かべた狼が那智に説明を始めた。私の手を振り払い、そっぽを向いた那智は狼の話を聞いているのやらなんなのやら、困ったものだ。
とにかく、ここで大捕物があるというところで、那智の片眉が反応した。
「……ご禁制の取引だと?」
「大分、大きな商いだって話だ。小遣い稼ぎ程度じゃ俺もごちゃごちゃ言う気はねえが、調子に乗ってもっと私腹を肥やそうってのが運のつきだな。流石に目に余る」
「……」
大分怒りが覚めてきたらしい那智の目が、怪訝そうに三蔵に向いた。
「なんで、そんなことを"一般人"のお前が知ってる?」
「ん? 企業秘密ってやつだ」
「……」
どうも、この三蔵という男、大分胡散臭い人物のようだ。狼とは付き合いが長いらしいが、信用しない方がいいだろう。そう結論づけて私は那智に声をかけた。
「許可もとらず、申し訳ありませんでした」
「……いや、よくやった」
「はい?」
私の予想に反して、やけににこやかに応じた那智は私にだけ聞こえるように言った。
「この間のことはこれで無しにしといてやるよ。面倒な尻拭いを押し付けられるところだったらしいからな」
「……また、賄賂ですか」
「この俺を顎で使おうとしたこと、後悔させてやらなきゃな」
ああ、もう駄目だ、この人。他人の話なんか聞いちゃいない。
やれやれと首を振る私の頭を凶悪犯面の那智が小突く。
「痛!」
「狼総隊長。大した戦力にならないと思いますが、お貸しします」
「……死ねばいいのに」
にこにこと愛想よく笑う那智を尻目に、私は大きくため息をついた。
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