「……」
「すごーく不愉快だなー、俺」
「……」
「疾風隊だかなんだか知らないけどさー、なにこれ、尋問?」
「……寺門さん。黙っていてください」
「姉さん、こいつすげえ生意気なんだけど。姉さんの上司?」
「……。黙っていろというのが聞こえなかったのか?」
桔梗が殺気を込めて言っても効果はない。それどころか、わざとらしく欠伸をかみ殺したりしている。
「……では、もう一度お聞きしますが、お名前は?」
「黙ってろって言わなかったっけ? ま、いいや」
寺門は背筋を伸ばし、きちんと居住まいを正した。
「……私、名を寺門葵(てらかど あおい)と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「寺門っていうと…、公家の寺門さんでいいのかしら?」
「うん! 出世したでしょ?」
静香に向かってにこにこと笑いかける表情、そして甘えるような声。……先程とはまるで別人だ。
それを横目で冷たく睨みながら、桔梗は淡々と続けた。
「……静香との関係は?」
「さっきも言ったけど、俺の姉さんだから。で、俺はこの人の可愛い弟」
さっと立ち上がり、静香に抱きつこうと謀った葵に桔梗は素早く足払いをかけた。見事に葵が倒れこみ、呻き声を上げる。
「でっ!?」
「……静香。葵という名に心当たりは?」
「ないわよ。私に公家の弟なんていな、」
ふと静香は言葉を切った。頭の中の記憶を探すように、目を斜め上に動かす。
「静香? まさか、心当た、」
「ないわ」
目を閉じ、きっぱりと静香は首を振った。葵が床から起き上りながら、抗議する。
「酷いな! 忘れちゃったの!?」
「ごめんなさい。多分、人違いよ」
「昔、一緒にお風呂入ったり、一緒の布団で寝たりしたのに!?」
「だって、私、一人っ子だったし」
静香は苦笑すると、立ち上がった。
「仕事があるから、私達はこれで。……行くわよ、桔梗」
「え…、静香!」
……二人が出て行った後、暫くして、体を反転させ、仰向けになって葵は天井を見上げた。口元に酷薄そうな笑みが浮かぶ。
「……酷いよなあ、姉さんの嘘吐き。嘘吐きは泥棒の始まりだよ?」
やっと、見つけた。……ずっと探してた。
俺の、この世でたったひとりの人。
「……俺から逃げようなんて、甘いんだよ。姉さん」
一人、葵は声を上げて笑った。
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