「……静香。白菊さんの病は…、」

「恐らく、心の臓の病よ」

一通り、白菊を診察し終わった静香と桔梗、桃の三人は、安静にしているようにと白菊に言い聞かせて藍屋のある陰間茶屋の一帯に向かっていた。

「さっき薬を飲ませたから、暫く落ち着いているとは思うけど…。……ねえ、桃ちゃん。藍屋の楼主に会える?」

「……ああ…、話は通しておく。皆の診察が終わったら、俺の部屋に来てくれ」

「あの状態じゃ、今後、客を取らせるのは難しいと思うわ」

「……んなこと、分かってら」

襟足の辺りをかいて、桃は天を仰いだ。その横顔が硬く、強張っている。


「あいつも、ああみえて年も年だからよ、引退にはちょうどいい機会だぜ」

せいせいすると鼻で笑う横顔がほっとしたような、さびしそうな複雑な表情をしていた。





………………………………………………………………………………………………………



「桃ちゃんと白菊兄ちゃんは同期なんだよ」

藍屋で合流した孝太と歩きながら、患者の待つ大部屋へと向かう。桃は途中で客に指名されたとかで、姿を消していた。


「そうなんですか…」

「うん。乱暴者の割に、藍屋じゃ二番手の稼ぎ屋なんだよ」

どこがいいのかなあと顔をしかめてみせる孝太の顔は、誇らしげだった。静香の口元が思わず、緩む。喧嘩ばかりしているけれど、桃と孝太は本当に仲がいい。まるで、本当の兄弟のようだ。

微笑ましげな静香と桔梗の生暖かい視線に気づいた孝太が頬を膨らませた。


「何だよう、先生」

「ふふっ、何でもないわよ」

「にやけちゃって、変な先せ、」

静香と桔梗、二人の先を歩き、先導していた孝太が勢いよく、前から来た人物とぶつかった。孝太の小さな体が後ろに倒れこむ。

相手方はよろけることもなく、その場に立っていた。


孝太は涙目で、思い切り打ちつけた尻の辺りをさすった。そして、我に返ってぶつかった人物に頭を下げた。

「もっ、申し訳ありません!」

「……どこ見ていたんだ、ガキ」

唸るような低音が響いた。孝太が見上げると、そこには若い、明らかに裕福そうな若者が一人、見下ろしている。

孝太の顔色が見る見るうちに青くなった。

「て、寺門様…」

「下働きの分際で俺の名を知ってるのか」

格好と孝太の態度からいって、どうも客のようだ。寺門という若者の冷たい目が孝太を射すくめた。


「さぞ面白い俺の噂を聞いたんだろうな、ガキ」

「そ、そんなこ、」

「俺は今、機嫌が悪い。さて、どう落とし前をつけてくれるんだ?」

「……その辺にしときなさい」

見かねた静香が孝太と寺門の間に入った。番頭らしき人影がこの騒ぎに気付くであろう位置にいるのだが、何故か孝太を助けに入ってはこない。……この寺門という男、よほどこの一帯で幅を利かせているらしい。


「子どもがぶつかったくらいで何なの? いい歳して情けないわよ」

「……言いますねえ」

桔梗が呑気に笑った。だが、手はいつでも動けるように袖の下へと抜け目なく伸びていた。

寺門という男は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、孝太から視線を外し、静香の方へ向けた。が、次の瞬間、男の目が驚愕に見開かれた。


「……ね、」

「え?」

険しかった表情が消え失せ、人懐っこい幼い笑顔へとあっという間に変わった。あまりに劇的な変化に静香と桔梗が戸惑う中、寺門という男は思いもよらぬ言葉と共に、静香になんと、……抱きついた。


「姉さん! 会いたかった!」

「は? ちょ、何!?」

「な…っ!?」

固まる静香をぎゅうぎゅうと抱きしめる寺門を引き剥がそうと、必死になりながら、桔梗は叫んだ。


「、っ! お、お前っ、何なんだ!!!」








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