……胸が苦しい。心の臓が締めつけられてでもいるように、息が出来ない。
「……ぼ、くは、死んじゃうのか、な…?」
はは…と乾いた笑いが漏れる。日の光に手を透かして、目を細めた。
「…、まぁ…死ぬのもいいかもね…」
(だって、僕は本当に生きているのかさえ、怪しいんだから。)
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よく見かける、いたって普通の長屋の前で三人は足を止めた。桃は歪んだ戸に手をかけながら、舌打ちをした。
「けっ! ちんけなとこに住みやがって…。太夫(たゆう)の名がきいて呆れらあ」
「え、」
ガコン、と、何かが引っかかりつつも外れる音がした。
「……誰? 孝太?」
「今日も元気に死に損なってますってか」
皮肉めいた口調で、桃が遠慮もなしにずかずかと上がりこむ。その背に、桔梗と静香は慌てて続いた。
狭い部屋の中央の畳の上に布団が敷いてあり、そこから人影がむくりと起き上った。やつれたように痩せた胸が、淡い着流しの隙間から覗いている。
「……ああ、なんだ。桃か」
「医者、連れてきてやったぜ。……孝太がうるせえからよ」
わざわざそう付け加え、桃はそっぽを向いた。口でなんだかんだと悪口を言いつつも、白菊のことを嫌っているわけではないようだ。むしろ、その逆で、孝太と同じように白菊のことが好きなのだろう。
ゆっくりと目を瞬かせて、白菊は微笑んだ。
「……ふふ、ありがとう」
「……。礼を言う暇があるんなら、さっさと治しやがれってんだ。うっとおしい」
「うん、そうするよ」
白菊の目が静香の方に向いた。
「君が、お医者様なの?」
「……」
「? どうしたの?」
僕の顔に何かついてる? 白菊に首を傾げられ、静香ははっと我に返った。
「ご、ごめんなさい! ぼうっとしちゃって…」
「別にいいよ」
クスクス、と小さく声を上げ、口元に手をやる様はどことなく上品で優雅だった。はんなりとした女性のような仕草は繊細で、思わず、静香は見とれた。
「、っ…!」
……突然、白菊は胸を押さえ、顔を歪めた。皺の寄った着流しの袂を押さえる指の関節が白く浮き出ている。
「お、おい!」
「……っ、だ、だいじょう、ぶ…だ、……から…」
慌てて腰を浮かせかけた桃を制して、白菊は笑って見せた。しかし、息遣いは苦しげで、額に油汗が浮いている。
「す、ぐお…、さま……、っ…!」
「う、嘘つけ! 馬鹿野郎が!」
桃が必死に白菊の背をさすった。それを見た静香が傍らの袋から何かを取り出した。
「桔梗、水を頂戴。少しでいいわ」
「……わかりました」
桔梗の持ってきた水に薬を溶かしいれると、白菊の前に持っていった。
「薬よ。飲んで。楽になるわ」
白菊がそれを飲むのを桃が手伝っているのを見ながら、静香はじっと考え込んでいた。
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