「へえ…、女の医者がいるって本当だったんだな」

「……よく言われるわ」

「それで、無駄というのは?」

藍屋に向かう道すがら、桔梗が桃に聞いた。桃という可愛らしい名前が似合わない、喧嘩っ早いこの男は、孝太曰く、白菊屋で二番の稼ぎ手らしい。遊郭の花魁の位にあたる太夫に準ずる位をもつ割に、遊女達と違って廓の外を自由に歩き回れるらしく、呑気なものである。

桃に道案内を頼み、静香は孝太を店に走らせて白菊という御仁を診ることにしたのだ。

桃は不機嫌そうに話し出した。


「白菊にゃ、気力ってもんがねえからさ。元から丈夫なやつじゃないんだけどよ、最近、何かというとすぐ寝付く。まーさか、そんな状態じゃ客も取れねえってんで、白菊目当ての客が俺に流れるわけだ。こちとら、体力もたねえって、」

「症状は?」

自慢話に入ろうとする桃を、静香は遮った。やや不満そうな、残念そうな顔をしつつ、桃は顎をかいた。


「動悸がどうとか、胸が苦しいとか何とか言ってたぜ」

「……確かに、風邪じゃなさそうですね」

桔梗がふむ、と唸った。静香はふと疑問に思っていたことを口にする。


「白菊って人、あんたの同僚なの?」

「はあっ!? おいおい…」

桃が目を瞬かせ、呆れたように息をついた。

「もしかしてあんたさ、疾風隊とかいうとこのお偉いさんのくせに、陰間茶屋で遊んだこともねえのか? 一度も?」

「……そうよ。悪い?」

「、ぷっ!」

桃がケラケラ笑い出した。

「とんだおぼこ娘ってわけだ。姉さん、意外と可愛いじゃないの」

「……煩いわよ、桃ちゃん」

頭が痛いとばかりに足を速めた静香の肩を、桃が掴んで引き留めた。


「ちょっ、何?」

「なんなら、今度、俺と遊ぶか? 安くしとくぜ」

桃の端正な顔が無遠慮に近づいて、静香の耳元で囁いた。着物の激しい色とはうらはらに、優しい香の匂いが香る。



…………チャキ。


「、失礼」

「うおっ!? な、ななな何すんだ、てめえ!!」

桃が静香から飛び退いた。左頬を抑え、目を見開いている。


「か、かかか顔…! 商売道具に傷つける気か!?」

「何を言ってるんですか。傷なんて、どこにもついていませんよ」

袖の下に仕込んでいたクナイをしまって、桔梗は事もなげに言った。そして、何事も無かったかのように、静香の肩を優しく払った。


「だーかーらっ、傷つける気かって聞いてん、」

「よく言うじゃありませんか。……悪い虫は早めに取り除かないといけないって」

桔梗は食って掛かる桃に向かってにっこり笑うと静香の背中を押した。


「さ。さっさと済ませて帰りましょう」

「桔梗、クナイなんて持って来てたの?」

「ええ。僕は刀よりクナイの方が扱いやすいですから」

「……」

疾風隊三番隊隊長を口説くのは命がけであると悟った桃であった。






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