「んで、もれなく、行方不明ーってなわけか? 間が抜けてんなあ、おい」
「桃ったら!」
桔梗の眉が神経質にぴくりと動く。相手の神経を逆なでする、挑発するような口調を聞き咎めた白菊が手を伸ばして、桃の頭を叩こうとするのを易々とかわして、桃は鼻で笑った。
「へっ! 逃げられてばっかだな」
「すいません、桔梗さん。桃のやつ、常連さんとちょっといざこざがあって…」
「……うるせえ」
桃は顔を赤らめ、不機嫌そうにそっぽを向いた。ふてくされている桃に対して、白菊は心配そうにゆっくりと起き上がった。その背を桃が自然に支える。
「この間、お目にかかったっきりです。最近、おみえにならないので、心配していたんですが…。まさか、行方不明だなんて…」
「ったく、大袈裟なんだよ」
桃が面倒そうに頬杖をついた。そして、呑気に欠伸をする。
「あの姐さんに何か考えがあって行動してるのは確かなんだろ? だったら、何もそこまで心配しなくたっていいと思うがな」
無言で、桔梗は立ち上がった。
――念の為、白菊をもう一度訪れた桔梗ではあったが、どうやら、無駄足であったようだ。
白菊が唇を噛みしめ、目線を下げた。
「お役に立てず、申し訳ありません…」
「……いいえ。とにかく、静香のことは僕に任せて、安静にしていて下さいね」
「はい…、分かっております」
「……。手伝ってやってもいいぜ?」
桔梗と白菊の、深刻そうな沈んだ口調を見かねたのか、桃がぶっきらぼうに言った。桔梗は瞬きをして、口を開いた。
「――一体、誰がですか?」
「なっ! お、俺に決まってるだろうが!」
「確か…いつだったか、お忙しいとかなんとか聞、」
それを遮るようにして、ドンッ!と勢いよく起き上がると、桔梗の顔に息がかかるほど近くに桃は自分の顔を寄せてすごんだ。
「……おい、この俺が手伝ってやるって言ってんだぞ? 人の好意は有難く受け取るのが筋ってもんじゃねえのか? 疾風隊二番隊隊長さんよ」
「誰が手伝ってほしいなんて言いましたか? こちらはこちらで上手くやりますから、ご心配なく」
「……っ…!」
耳を真っ赤にして、再び、勢いよく横になった桃を忍び笑いをしながら見ていた白菊が桔梗の肩を軽く叩いた。
「まあまあ。その辺で勘弁してやってください。桃は桃なりに心配しているんですよ」
「おいっ!」
桃が抗議の声を上げて飛び起きたが、白菊は話を止めようとはしない。それどころか、余計に饒舌になって続けた。
「桃は口が悪いでしょう? だから、なかなか友と呼べる間柄の者がいなくて。まあ単に、素直じゃないだけなんですけどね」
「……白菊…、後で覚えてろよ…」
喧嘩っ早い桃といえど、まさか病人に手を出すわけにはいかず、拳を握りしめ震えている。ある程度、図星だったのか、否定はしない。それに、おやおやと桔梗は目を丸くした。
「ははあ。意外に…、」
「ああ?」
ぽつりと桔梗が呟くと、桃が睨んできた。鋭い眼光に全く怯むことなく、桔梗は続きを口にする。
「――純なんですね」
「、お前な…っ!」
「顔に似合わず、可愛いところあるじゃないですか」
「……ぶっ殺すぞ」
桔梗はクスクスと上品に笑った後、桃を振り返った。
「それでは、遠慮なくお願いするとしましょうか」
「はあ?」
「この地域周辺で構いませんが、比較的新しく建てられた寺門家分家所有の屋敷はありますか?」
暇さえあれば廓からでて遊び歩いている桃のことだ。この地域周辺には詳しいだろう。
桃は首を捻り、唸った。
「寺門の分家の屋敷か…。なら、東の町はずれにひとつあるな。最近まで放蕩息子で有名な一番末の男が住んでたが、流行り病にかかってあっけなく逝っちまって、今じゃ誰も住んでねえ。ばかでけえ池に赤い橋が渡してあって、茶会でも開けそうな感じだったな」
「ちょっと、桃! また忍びこんだの?」
懲りないね。白菊があきれ顔で聞いたが、桃は聞こえないふりをしている。
「――桃。その屋敷に、案内出来ますか?」
「そりゃあな」
桃は頷くと、立ち上がった。そして、おもむろに玄関の戸に向かって口を開く。
「――で、さっきから何をこそこそしてやがんだ? ……孝太」
「!」
桃がぱっと素早く戸に近寄り、勢いよく開けた。そこには石のように固まった孝太が立っており、金魚のように、口をぱくぱくさせている。
「も、桃ちゃん…」
「てめえ…。仕事、投げ出して来やがったな?」
桃の眉が不機嫌にぴくりと動いた。孝太が肩をすくめ、ぽつりと口を開く。
「……僕だって、静香先生のこと、心配だもん!それに、桃ちゃんだって投げ出してきてるじゃないか!」
「うっせえ。売れっ子にゃ、息抜きも必要なんだよ」
「何だよ、エラそうに! 棚からぼたもちで、白菊兄ちゃんのお客さんが流れてきてるだけじゃん!」
「てめえ…」
額に青筋をたてた桃が孝太の頭を加減なく引っぱたいた。孝太が悲鳴を上げて中へと逃げ込み、桔梗の腹の辺りにどんとぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ! 僕…、」
「――大丈夫ですよ」
桔梗はうつむいて涙目になっている孝太の頭を撫でた。幼い少年特有の熱が掌に伝わってくる。
……この子なりに責任を感じているのだろう。白菊を診てほしいと頼んだのは己だから、と。
桔梗は安心させるようににっこりとほほ笑んだ。
「先生の行方の検討はもう、ついていますから」
「……ほんとう?」
「ええ」
本当です。桔梗はやんわりと孝太を引き剥がし、桃に声をかけた。
「――さあ、こうしてはいられません。行きましょう」
「おう。――孝太。仕事に戻れよ」
「わ、わかってるよ! 桃ちゃんに言われなくたって!」
桃はふんと鼻で笑うと、戸に手をかけた。
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