「いくらなんでも、考えすぎだ」

「……」

「胃に穴が開くぞ」

茶化すようにして笑う狼に対して、桔梗は思い詰めたような顔をして、先ほどから押し黙っている。ずっとそんな風なので、流石に狼は笑いを引っ込めた。……どうやら、思ったより、重傷のようである。


「大丈夫だって。静香には静香の考えがあるんだろうさ。心配ない」

「……言い方を変えますけど、明らかに避けられてるんです!」

「って言われてもなあ…」

焦悴しきっている桔梗の様子に、狼は頭をかいた。

潤んでいる桔梗の目が充血して赤い。……まさかとは思うが、あまり寝ていないのだろうか。


「そんなに心配なら、行き先を聞くとか。あー…、あまりお勧めはしないが、後をつけると、」

「しましたよ!」

しましたとも! 

狼が言い終える前に桔梗が叫ぶように続けた。桔梗の勢いに狼は思わず、身を引いた。


「お、落ち着、」

「バレないように最新の注意をはらってつけたはず…。な、なのに! まかれるし、はぐらかすし、しまいにはっ!」

「うん、まあ、とりあえず落ち着け。……ん?」

はた、と狼は気がついた。

よくみると、桔梗の目のふちが赤い。それに、肩を上下し息をする桔梗の息が微かに酒臭いような気がしなくもない。もしや、と口を開く。


「まーさかとは思うが…、桔梗。飲んでるのか?」

「しりません!!」

「……確実に、飲んでるな」

よくよく見れば、頬もうっすら赤いし、滑舌もやや怪しい。しかも、傍らにはご丁寧にも酒瓶が転がっていた。

酔っ払っている。そう思うと、合点がいった。


「やれやれ…」

狼は額に手をやった。

桔梗は、普段、舐める程度しか酒は飲まない性質だ。やけ酒といっても大した量を飲んだわけではないだろうから、直に冷める。

「……これ以上、面倒なことになる前になんとかしてくれればいいんだが」

「狼! 聞いてますか!?」

「あー、ハイハイ。聞いてるよ」

この状態が続くのは流石に、疾風隊の隊長格としてまずい。他の隊士らに示しがつかなくなる。狼はため息をついた。


ここ数日、静香は休暇を取っていた。なんでも、白菊について何か良い算段がついたらしい。その為にいろいろ準備しなければならないということで、狼はそれならばと休暇届けを快く承諾した。……ところが。


「そんな話、寝耳に水です! それに、桃も白菊さんも知らないっていうじゃありませんか!」

「うーむ。当事者が知らないっていうんじゃな…」


静香の言う"算段"とやらについて、桔梗はおろか、白菊屋の面々でさえ何も聞いてはいなかったのである。

そんな中、問題の静香は、ここ二三日姿を見せていない。ただでさえ、心配で気が狂いそうになっていた桔梗は、本日未明、ついに倒れた。静香がいなくなってから、飯もろくに食わず、うろうろと街中を探し回っていたらしい。

一日の仕事が一段落した狼が桔梗の部屋へ見舞いに訪れると、布団に寝ていたはずの桔梗が、血相を変えて外に飛び出そうと躍起になっていた。立ち上がるのさえろくに出来ない桔梗を、狼は易々と布団に戻し、まだ寝ていろと諭したところ、目を赤くして愚痴りだした、というのが事の次第である。


「……静香は、」

「ん?」

言いたいことを言い終えたのか、しばし、口を閉じていた桔梗がぽつりと言った。その口調があまりにも静かだったので、狼は桔梗の顔に視線を戻した。そして、目を丸くした。

「! きっ、」

「僕のこと、嫌いになったんですかね」

「お、おいおい…」


……なんてこった。

あの桔梗が、泣いている!


ばたばた。嗚咽交じりに息を吐き出す度に、大粒の涙が落ちる。流石に、狼は慌てた。

「な、なにも泣かなくても…」

「、っ」

「お、おいおい!」

困り果て、とりあえず、狼は背中を擦った。桔梗はわなわな震える口元に手をやり、嗚咽を堪えている。

だんだん、不憫になってきた狼が優しく切りだした。


「なあ、静香が行きそうなところとか心当たりはないのか? もし、あるなら、」

「……寺門」

「? え、」

「きっと、寺門の所有する屋敷のどこかに、」

桔梗は言葉を切り、狼の方を見た。涙は止まり、目が軽く腫れている。


狼が呆気にとられながらも、言った。

「お前が言ってるのは…、えー…、赤煉瓦の寺門のことか?」

「ええ」

「貴族の名門中の名門…。……ん? まさか、あの静香の弟とかいう、」

「十中八九、葵がらみだと僕は思います」

桔梗はそう言いきった。顎に手をやり、思案気味に唸っていた狼は「うん?」と一言、発して、桔梗を見た。


「まさか…、さっきの嘘っぱちか?」

「……なんですか?」

「……。ナンデモナイデス」

狼はぎこちなく笑って誤魔化すと、顎から手を離した。

「ま! お前のことだ。ここ二三日、当てなく彷徨ってたわけじゃないんだろ? ……どうだった?」

「恐らく、赤煉瓦の屋敷にはいないかと。使用人の話では、葵は出張に出たそうですから」

「出張、か」

狼は再び、唸った。


「寺門ともなれば、持ってる屋敷は相当な数になるぞ? どう絞る?」

「葵は現当主に目をかけられているとはいっても、寺門の人間ではありません。ですから、金はある程度好きに出来ても、歴史ある寺門家の屋敷を好き放題は出来ないはずです。となると、おのずと数は絞られます」

「……なるほどな」

狼は手を打った。

「よし、口の堅そうな隊士にここはひとつ探させてみるか。……ところで、桔梗」

こめかみの辺りをかいて、狼は切りだした。


「……どうして、あの葵とかいう御曹司は静香にこだわるんだ?」

「、っ!」

「……静香の過去のことは、俺も知ってる。だから、余計にすっきりしないんだ」

葵の行動の意味が理解できないと、狼が苦々しげに吐き出した。そんな狼に、桔梗は何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。そして、そっと呟くように声にする。


「……。きっと、今さらだからでしょう」

「? どういう意味だ?」


『……姉さん』

それは、もっと純粋な何かのはずで。

それは、きっと、ほんのささやかな願いで。


……でも、それは、

もう、誰も望んでいないことだから。


「……。すみません。少し休んだら、行きますから」

「あ、ああ…」

桔梗は寝返りをうち、ずり落ちた掛け布団を引き上げる。そして、目を閉じた。





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