※"突然の侵入者"と"口は災いの元"の間幕













「歩けるって言ってんでしょーが」

「……」

「ちょっと、聞いてる?」

流石に騒ぐのにもくたびれてきて、静香は息を吐き出した。下腹の辺りが桔梗の肩に圧迫されて、苦しい。逆さまの景色から察するに、疾風隊本部まであと少しだろう。静香は仕方なく、抵抗を諦めた。

静香の見慣れぬ格好と、さらにその静香を軽々と担いでいる、一見、女にしか見えない男、桔梗ではどうしても悪い方に目立ってしまう。どう頑張っても、人攫いにしか見えないこと請け合いだ。

それを考慮してか、桔梗は人通りの少ない道を選んでいるようだった。ゆっくりと通り過ぎる、見慣れない逆さまの風景を流し見ながら、静香はとんとんと桔梗の背中を叩いた。軽く、血が頭に上ってくらくらする。


「……桔梗。まだ、怒ってる?」

「……」

桔梗は無言で足を止め、少し乱暴に地面に静香を下ろした。ようやく、静香の頭に血が上っていることに気づいたらしい。

静香は少々よろけつつ、壁に手を付いて体を支えた。


「……別に、怒ってなんかいませんよ。僕は」

「勝手にしろって言ったじゃない」

「それは、」

言いましたけど。桔梗は口を閉じ、眉を下げた。何だか知らないが、物凄く落ち込んでいる。先ほどまでの勢いが嘘のように、すっかりしょげかえっている。


「……僕はただ…、貴方のことが心配なんです」

「桔梗…」

「心配で心配で堪らないのに、貴方はいつだって僕の言うことなんか聞きやしない」

本当に心配してくれていた。静香は申し訳ないような、いたたまれないような気持ちになって謝った。

「その…、隠したりして、ごめんなさい」

「……。まったく…」

桔梗は優しく静香の背中に手を回した。そして、静香の頭に顔を寄せる。


「あまり心配させないで下さい」

「うん…」

「……今度、隠し事なんかしたら、首に縄でもつけましょうか?」

「…桔梗くん」

「なーんて冗談ですよ、勿論」

さて、と桔梗は笑って、静香の頭を一つ撫でると、肩を鳴らした。


「帰りましょうか」








………………………………………………………………………………………………………




「……で?」

「はい?」

なんでしょうか、と穏やかに笑うこいつは、やはり、心配したというより怒っていて、許したなんて嘘っぱちだったのだ。


「……ど、どうして、桔梗くんは私の布団に寝てるのかな? 桔梗の部屋はあっちでしょーが!」

放り出されていた傍らのまくらを掴んで力任せにぶつけてみたが、全く効果はなし。

……一体、何がどうなれば、こういうことになるのか。

静香はなんだか無性に泣きたくなってきた。


誰にも気づかれることなく、本部にこっそりと戻ることに成功した桔梗と静香の二人は、自分の部屋にそれぞれ戻り、今日はとりあえず寝ることにしたはず、だったのだが…。

静香が布団を敷いて、少し目を離した隙に、なんと、桔梗が静香の布団に我が物顔で入りこんでいた。静香も、流石にこれには驚いて、危うく悲鳴を上げるところだった。


桔梗は余裕の笑みで肩ひじを付き、自分のちょうど脇の所の敷布団を叩いて見せた。ようやく、胸の動悸が収まってきた静香の目が据わる。

「何よ、それ。……桔梗。殴られたいの?」

「いいじゃないですか。添い寝くらい」

「……。そんなにぶっ飛ばされたい?」

冷たいなぁ、と桔梗が目を細め、掬いあげるようにして静香を見上げる。静香がその目をきつく睨み返しても、涼しげな顔をして気づかぬふりだ。……こうなると、桔梗は譲らないし、はっきりいって面倒だ。


このままじゃ埒が開かないし面倒だしで、静香は立ち上がった。服もまだ寝間着に着替えていない。それに、別にここじゃなくても、部屋はまだある。

……が。


「……どこに行くつもりですか?」

「わっ!」

静香は不意に伸ばされた手に思いっきり、腕を下に引かれて体勢を崩した。何か柔らかいものの上に倒れ込む。

「きっ、!」

「お静かに。……寝ますよ」

倒れ込んだ床は畳ではなく、柔らかい布団の上。立ち上がろうにも、ぐるりとお腹の辺りに腕が素早く巻きついて身動きが取れない。しかも、その上にふうわりと掛け布団が掛けられ、視界が真っ暗になった。

「、っ! 桔梗! いい加減にして!」

「……煩い」

「ちょ、」

微かに身じろく気配がして、静香の口を何かが塞いだ。

「、…っ」

「疲れてるんだ。寝させろ。……静香も今日は寝た方がいい」

「っ、だったら自分の布団で寝、」

少し拘束が緩んだ隙に、口を覆っていた桔梗の片手を剥がして、体を捻り、桔梗の方を向いた。が、最後まで言えずに口を閉じる。


「……寝てる」

すうすう、と気持ちよさそうに寝息を立てる桔梗の寝顔に、今にも振り下ろそうとしていた拳を引っ込めた。……幸せそうに眠る桔梗を叩き起こすのは、なんとなく気が引ける。

下ろすべき場所を失った静香の拳は掛け布団の中にそっと収められた。桔梗の顔をちらりと見やった後、腹に巻きつく桔梗の手に視線を落とし、仕方なく、同じ布団に横になった。

遠くで、狼が何か言い、神城がそれに笑う声が闇にぼんやりと響いている。本当に近くで、桔梗の呼吸が髪を優しく撫でる。


(……ったく、もう…)

静香はため息をついて、目を閉じた。自分の鼓動と桔梗の呼吸の音がやけにはっきり聞こえて、煩い。


(……。これで眠れるわけないじゃない)

そう思っていたはずなのに、いつの間にか、その音さえも遠くなっていった。






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