「、っ!」

顔をしかめて、桔梗は一瞬固まった。が、すぐに我に返ると静香の方につかつかと歩み寄った。


「……静香は一先ず、帰って下さい」

「はあ?」

静香がわけがわからないと桔梗を呆れ返って見つめた。

「何、熱でもあるわけ?」

「いいから、帰って下さい」

「ちょっと、何なの?」

強引に静香の背中を押す桔梗の腕をとって、静香は眉を寄せた。


「……ちゃんと説明して」

「……」

「桔、」

静香は黙ってしまった桔梗の背中の向こうに積み上げられた品物を発見した。目を丸くする。

「え? 何あれ?」

「静、」

桔梗の制止をかわして、静香は品物の山に近づいた。


「酒に、米に、簪、紅、反物? しかも、全部、最上級品じゃない!」

「……」

桔梗が額に手をやった。そして、最悪だと呟く。


「……静香。お願いですから、今日は家に帰って厳重に鍵をかけて、誰が来ても絶対に会わないようにして下さい」

「え? なんでよ?」

「っ、なんででも、です!」

桔梗が吠えるように言うと、静香は渋々頷いた。ところが、それとほぼ同時に一足遅かったことを桔梗は思い知ることとなる。


「……ごめんくださーい」

背後から聞こえた間延びした声に、桔梗の背中に悪寒が走った。まさか、という気分でゆっくりと振り返ると、そこには今、一番会いたくない人物が表面上だけのひとなつっこい笑みを浮かべて立っていた。

「あ、ちゃんと届いてたみたいだね。良かったー」

「……お前、」

「姉さんの喜ぶ顔が待ちきれなくて、来ちゃった」

照れたように笑い、静香をかばうように前に立ちふさがった桔梗を悠々とかわして、唖然と固まる静香に抱きついた。


「っ、ちょっ…!」

「おはよう! 姉さん!」

「「ねっ、」」

神城と狼、鈴鳴が口をあんぐり開けた。


「「姉さん!?」」






………………………………………………………………………………………………………




「いやあ、すいません。ご迷惑をおかけしたようで」

「は、はあ…」

「姉さんの家が分からなかったので、疾風隊本部に届ければいいのかなあと軽い気持ちで届けさせたんですが、」

呆気にとられる人々を前に全く動じず、葵はにこやかにそう述べた後、言葉を切って品物を見上げた。


「これじゃあ、邪魔ですよね。……日下部(くさかべ)」

「はい」

一拍おいて、葵の背後からこの一帯では珍しい洋装を着た若い男が顔を覗かせた。

「片付けてくれ。……ね。姉さん、家どこ? 日下部に届けさせるからさ」

「い、要らないわ」

静香の顔が強張った。この量じゃ、どう考えても静香の家に入り切らないだろう。

桔梗は静香を自分の体で隠すようにして、前に出た。


「……用が済んだならさっさと出て行って下さい。仕事の邪魔です」

「あはは、感じ悪いね」

腕組みをし、険しい顔をしている桔梗に葵は笑みを返した。しかし、目は全く笑っていない。


「確かに姉さんに会いに来たのは事実だけど、俺だってそれほど暇人ってわけじゃないからね。今回は、ちゃんとした用があって来たんだ」

「用?」

疑うような、桔梗の目が険しさを増した。

「それなら、僕が伺います。……静香。悪いですが、朝の巡回を代わってくれますか?」

「いや、それは困るな」

葵はにこにこと笑みを崩さずに首を傾げる。静香を本部の奥へと促していた桔梗の手が止まる。足を止めて、振り返った。


「……一体、」

「姉さんにはいてもらわないと困るんだ。女性の方が話が分かるだろうし、それに、」

葵は口端を更に吊り上げ、目を細めた。


「姉さん自身と全く無関係ってわけじゃないし」

「……僕がきいては不味い話、というわけですか?」

「さあて、どうだろう?」

挑発するように、葵は茶化した。桔梗の目が険を帯びて、光る。


「……わかったわ」

「静香!」

静香は承諾すると、半纏を翻し、玄関口から座敷へと上がった。そして、おもむろに桔梗の腕を掴んで引き寄せる。不意の出来事に、桔梗はよろめいた。


「、わっ」

「!」

「別に、この人も一緒で構わないでしょ?」

「……」

葵は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、息を吐いた。


「……分かったよ」

「そういうわけだから、狼。悪いけど、後はよろしく」

「お、おお」

狼は半ば呆気にとられながら、部屋の奥へと去っていく静香、桔梗、葵の背を見送った。そして、何事かと神城、鈴鳴と顔を見合わせた。


「弟、ね。やれやれ。あの様子じゃ、ひと波乱ありそうだなあ…」

「あいつ、静香のこと、姉さんって呼んでたけど…、静香に弟なんていたのか? 初耳なんだけど」

「いや、いなかったと思うが…」

「……あの葵とかいう男の静香を見る目」

「ん?」

鈴鳴は遠くなる葵の背を見つめた。そして、ぼそりと呟く。


「久しぶりに会った懐かしい姉を見る目じゃないな」

「? どういう意味だよ?」

「別に、なんとなくだ。気にするな」

鈴鳴は葵から視線を外し、朝の巡回の準備の為に半纏に手をかけたのだった。






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