女は小さく、小首を傾げた。ため息交じりに自分から離れていく男は脇息にもたれかかり、煙管を手にした。
「……あら、桃。気が進まない?」
「そりゃあ、こっちの台詞」
はだけた着物の前を正し、火をつけた。紫煙がゆらりと立ち上る。
「本当は、俺に会いに来たわけじゃないくせに。……出汁に使われんのははっきりいって、もううんざりなんだよ」
「桃、妬いてるの?」
「はっ、誰が」
カン、と勢いよく、煙管を叩きつけるようにして置くと、女のすぐ近くに移動した。苛立ったような雰囲気の桃に対して、女は怯むことなく、桃の顔を見上げた。
「おい、お公家様だからって自惚れんな」
「ごめんなさい。気に障ったかしら?」
「……」
桃は舌打ちをして、ごろりと女の膝を枕にして寝転んだ。そして、目を閉じて口を開く。
「……白菊は、今夜も店には出ねえよ」
「具合、良くないの?」
「ああ、あんまりな」
「そう…」
女は桃の髪を無意識なのか、手ですきながら、目を伏せた。
桃はちらりと寂しげな女の顔を見やった。
「……綾子さんはあいつのどこがいいんだよ?」
「……。好きに理由なんてないわ」
「はっ! つれねえの」
桃は目を細め、手を伸ばして、女、綾子の頬を労わるように優しく撫でた。
「桃。やっぱり、妬いてる?」
「んなわけねえだろ。俺はもっと、強気な女が好みだ」
桃は悪戯っぽく笑い、再び目を閉じた。
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「……今夜も?」
葵は眉間に皺を寄せた。
「はい」
「まったく、困ったものだ」
葵はため息をついて、恐縮している使用人に声をかけた。
「仕方がない。兄さんには俺が上手く言っておく。下がっていいぞ」
「承知致しました」
使用人を下げさせ、頑丈そうな椅子に腰を落ち着けた。先代の趣味で、洋風に建てられた寺門家の屋敷だけあって、どの家具も高価で立派なものばかりだ。
肘掛けを撫で、葵は目を閉じた。
上手くすれ違ってしまったものだと自嘲気味に吐いた。すれ違ってしまったというよりは、避けられているのだろう。
あの人はあの人で、自分が快く思っていないことくらい察しているだろうから。
「……手に入れる気もないくせに、ご苦労なことだ」
それがあの人と葵の決定的に違うところだ。
「さて…、あの人には悪いが、存分に利用させてもらうことにしよう」
……ただ、取り戻すために。
葵はゆっくりと目を開けると、椅子から立ち上がった。
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