桃と別れて、暫く行ったところで、静香は足を止めた。

「桔梗くん」

「、はい?」

「ちょっと、寄り道してかない?」

ちょっと笑って、静香は甘味処の暖簾を指差した。



「やっぱり、疲れた時は甘いものよね」

「見ただけで吐きそうです…」

静香の目の前に所狭しと並んだ甘味の数々を呆れたように眺めて、桔梗はあんみつを口に運んだ。思ったより甘くなくて、これなら食べきれそうだなとほっとする。


「……私、連れ子だったの」

「え?」

静香が急に切り出した言葉に、桔梗は匙を取り落しそうになった。まじまじと静香の顔を見返すと、静香は何でもないような、世間話でもするような口調で続けた。


「母が早くに死んだから」

「そ、そうだったんですか…」

静香は桔梗が思った以上に淡々としている。何を考えているのか、静香の表情からは何も窺えない。静香はお茶をすすった。


「……母が亡くなって暫くして、新しい母が出来たの」

「後添いを迎えたってことですか?」

「そ」

静香はこくりと頷いて、みたらし団子を一つ頬張った。

「その人も早くに旦那さんを亡くしててね、寂しい者同士、気が合ったっていうか、」と静香は串を置いて、口の中の物をごくりと飲み込んだ。


「……その人にも前の旦那さんとの間の子どもがいて、」

「ちょ、ちょっと待ってください! それって、まさか…、」

「そう、それが、葵よ」

静香は頷いた。

「……まさか、公家の中でも上位の寺門家のご子息になってるとは思わなかったけど」

「……。ということは、今まで葵さんとは交流がなかったってことですか?」

「父が死んで別れて以来、ずっとね。……なんで、」


今頃になって。

静香の湯呑を持つ手が震えていることに、桔梗は気づいた。そして、いつか聞いた静香の過去を思い出した。



『……何の咎もないあいつには辛いことばっかだった。お前は…、あいつを"一生"守れるか?』


『……っ…! あんたなんか…っ、』

『どうして、みんないなくなっちゃったの…?』

『あたしがいい子じゃなかったから? だから、みんな、』


……いないの?



静香には癒えない傷がある。今でも確かに、痛んで忘れられない傷が。


「……あの人のことは、今は忘れましょう」

ずい、と食べかけのあんみつを静香の方に押しやって、安心させるように微笑んだ。

「彼は公家は公家でも、上位貴族ですから、そうそうあの一帯にいるほど暇ではないはずです。そう簡単に、会うことはありませんよ」

「……」

「今日は僕が驕りますから、好きなだけどうぞ。ああ、はしごしてもかまいませんよ。最後まで付き合いますから」

「……太らせる気?」

「何言ってるんですか。それだけ頼んでおいて、よく言いますよ」

桔梗の軽口に、静香はようやく彼女らしい笑みを浮かべた。それに内心、桔梗はほっと息をつく。

静香は小さく気合の掛け声を入れ、桔梗の前にずらりと甘味を並べた。黒蜜のたっぷりかかったくずきり、ぜんざいなどなど、見ただけで胃の腑が重くなるような甘味ばかりだ。


「……。静香、これはい、」

「これ食べ終わったら、次の店に行くから。桔梗くん、手伝って」

「……だから、加減をして頼めといつも言ってるだろう!」

「はいはい。じゃ、あーん」

「しっ、静香! たっ、食べませんからね!」

……結局、酷い胸焼けとむかつきに苦しみながら、店を後にすることになった桔梗であった。





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