long dream | ナノ



原石に焦がれて



「明日の休日、舞台を見に行こうよ」

仕事終わりに、使った器具や鍋を片付けていると突然上司がそんなことを言い出した。


「楽しんできて下さいネー」

「すげー棒読みだな!っていうか何で僕一人で行くみたいになってるの!?誘ってるんだけど!」

「だって。桃太郎君、行ってらっしゃい」

「え!?俺ですか?」

「いやいやいやだから君を誘ってるんだって!」


そう言って彼は舞台のペアチケットを私の目の前に突き付けた。
有名な演劇のようだ。手に入れるのに結構な額を要したに違いない。
誰か女の人を連れて行く予定だったのだろうが、フラれたとかそういう理由で急に相手がいなくなったというところだろう。


「一人で行けばいいじゃないですか」

視界を遮る2枚の紙を押し返しながら言う。

「だからさー、このチケット男女ペアじゃないと駄目なんだよー」

「他に女性なんていくらでもいるでしょう」

「いないよ。君しかいない」

「嘘つくな。気持ち悪い」

「嘘じゃないよ。今回は柚季ちゃんを誘ってるんだって何回も言ってるでしょ」


そう言ってまた白澤は、あの笑顔を作ってみせた。
胡散臭い。
嘘じゃない、なんて。この男が言うと説得力皆無だ。
今夜にでも花街に行けば、すぐに女性の一人や二人掴まえられるくせに。
私なんかを舞台に誘うのは何か企んでいるからなのか。
それとも、単なる気まぐれなのか。


「まあ、柚季さん。行ってきたらどうです?最近働きっぱなしだったじゃないスか」

私のことを本当に想っているのか、自分は行かなくていいことになり安心しているのか、
どちらともいえないような表情で桃太郎が言った。

そのせっかくの休日をこんな奴との予定で埋められそうになっているんだけど。

反論の言葉を返そうとしたけれど、上司は引き下がる気配がないし、もう一人の従業員は無責任にも行くように促すし、
なんだかもう断るのが面倒になってしまい、私は渋々頷いた。





「ふふ。それは断れないわね」

「ええ。……巻き込んでしまってすみません、お香さん」

「気にしなくていいのよ」


翌日、朝からお香がわざわざ私の家まで来てくれた。
よそ行きの着物を持っていないと言ったところ、白澤が彼女に着物を貸してくれないかと連絡を取ったのだ。
そんな急な頼みにあっさりと承諾し、せっかく出掛けるのだからと、化粧や髪の毛のセットまでしてくれている。
今日は非番らしいのだが、こんなことで呼び出してしまい非常に申し訳ない。
あの神獣のせいでお香と私2人の休日が犠牲になっているということを、奴は全然理解していないのだろう。腹立たしい。


「でもいいわね。舞台なんて素敵じゃない」

細い指で私の髪を編み込みながら言う。

「お香さん、代わりに行きます?」

「駄目よ、白澤様は柚季ちゃんと一緒に行きたがっているんだから」

「そうでしょうか」

「あら、違うのかしら?」

「本当はもっと美人な女性を誘いたかったんだと思いますよ」


口を尖らせる私に、お香は小さく笑いながら、はい完成、と両肩を叩いてきた。
私の手をとって立ち上がらせ、全身鏡の前まで連れて行く。


「ほら見て。貴女だって負けてないわ」


控えめに花の刺繍がされた山吹色の着物に、鮮やかな紅色の帯。
結い上げられた髪には帯と同じ色の花の飾り。綺麗に化粧をされた顔。
自分で言うのもおかしな話だが、鏡の中にいるのは確かにいつもとは別人だ。
お香や他の花街の女性に比べると、完全に劣ってはいるけれど。


「白澤様に頼まれていたのよ。柚季ちゃんをとびっきり綺麗にしてくれって。これなら問題ないわね」


鏡に映る私の姿を眺めながら自信たっぷりに言われる。
あの神獣、なんて無茶なことを抜かしてるんだ。
いくら磨いても、もとの素材が地味であれば光らせるのには限界がある。
そんな石ころをここまでの見た目にするには大変だったに違いない。深々と頭を下げる。


「奴が満足するかは微妙ですが…ありがとうございます」

「あら自信がないのね。絶対あの人も褒めてくれると思うけどなあ」

「……」

「ほら笑って。せっかくのお出掛けなんだから」


そう言って笑う彼女はやはり美しい。
その微笑みを真似て口角を上げてみたが、上手くいかず不自然になった。



今の自分を見て奴はなんて言うだろうか。
いつものように馬鹿にするだろうか。
それとも。


約束の時間に遅れそうだったので早足で上司の店に向かいながら、何故か私はそんなことを考えていた。







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