long dream | ナノ



傷だらけの起姫



うさぎ漢方「極楽満月」のすぐ近くの一帯は全て薬草畑だ。
その中でも高価なものは囲いをしてあり、毎日様子を見て記録をする。
基本的にそれは上司の仕事なのだが、代わりに私がすることもよくあることだった。


「……よし、あとはスケッチするだけ」


本来は1種類ずつそれぞれの薬草の様子を書き記すだけで良いのだけれど、
文字ばかりで分かりにくいとからと、ページの下半分の余白に簡単にスケッチをし始めたのは私だ。
それを真似て最近あの神獣も、雑草にすら見えないような気味の悪い図を描くようになったのだが、
あえて何も言わずスルーし続けている。

ペンから鉛筆に持ち替えてじっと薬草を見つめる。
生前入院していた時も、よく見舞いの花をスケッチしていた。
色を塗って綺麗に仕上げるよりも、鉛筆一本で自分の見たままを表現するのが好きだった。
ただ、絵を描いているとそれだけに集中してしまい、周囲が見えなくなることが欠点だ。


「……と、ちょっと聞いてる?」


案の定、すっかりのめり込んでしまっていたらしい。
後ろから声をかけられ慌てて振り向く。


「すみません。何か御用でしょうか?」


立ち上がって謝罪の礼をする。
艶めかしい雰囲気のある美人な女の人が立っていた。
よく見る顔。この前のかんざしの件とはまた別の常連客だ。


「あなたには用はないわ。白澤様は?店は誰もいないようだけど」

「生憎、今は外出しております」

「あらそうなの?何よ、せっかく来たのに」


白澤は朝から薬学関係の人と会う約束があるらしく出掛けており、
桃太郎は地獄まで配達に行っているため、今は私一人だ。

その女性は不機嫌そうに顔をしかめた。
いつも薬を買いに来ては長々とあの上司とべたべたしているので、さぞかし不満なことだろう。


「いつものお薬で良ければ私が処方いたしますが、どうなさいますか?」


お目当ての神獣は不在だが、やはり薬は必要なのではと思い店の中へ案内しようとするが
彼女は手を顔の前で振って断った。

「そうですか。では中でお待ちになられますか?」

私がそう言っても向こうは何も答えない。
眉間にしわを寄せながらこちらをじろじろと眺める。


「……前々から思ってたんだけど」

彼女が口を開く。

「生意気なのよ、あなた」

「……え?」

「白澤様のそばで働いてるからって何様のつもり?薬剤師でもないくせに偉そうに」


刺々しい言葉を投げながらこちらに近づいてくる。
後ずさりしそうになるのを、足に力を入れて必死で抑える。


「全然興味ないフリして、あなたもどうせ彼に近づきたくてここにいるんでしょ?
 まあ残念ながら全く相手にされてないみたいだけど?きっと白澤様もあなたみたいな小娘、仕方なく雇ってるだけよ」


目を逸らしてはいけない。
反論の言葉を返してはいけない。


「ブスのくせに。調子に乗ってるんじゃないわよ」


ただ、黙って耐える。


「ああ、ほんっとに腹が立つわ。何か言いなさいよ!」


肩を掴まれる。
その次は多分、殴られるのだろう。
反射的に目を瞑る。

「何してるの?」


聞き慣れた声。

目を開けて見ると、やはり声の主である上司が立っていた。
女性はかなり焦った様子で急いでこちらから離れる。
向こうが何か言い訳の言葉を発する前に、口を開く。


「白澤様、こちらのお客様が薬の処方をご依頼されましたので、私が症状の確認を行っておりました」

「ああ、そうだったの。謝謝、柚季ちゃん」


何事も無かったかのように説明する私に、彼もまたいつもの笑みで答える。
女性はそんな私達の様子に、戸惑ったような安心したような表情をしながら、
白澤に案内されて店の中へと入っていった。
外に一人残され、一気に力が抜けると急に手が震えだした。

慣れている。
ここで働き始めた頃なんて毎日だったし、もっとさかのぼれば生前だってこんなことはあった。
女の妬みというものは何年経っても、いつの世代も変わらない。
ましてや、あんな男のそばで働いているのだから疎まれるのは当然だ。
怒りを剥き出しに襲いかかってくる相手に下手に反抗したりしてはいけない。
十分すぎるほど、学んだ。
身体の震えを少しは抑えることが出来るようになった。
でも。


あなたみたいな小娘、仕方なく雇ってるだけよ。


ズキズキと刺さる鋭利な言葉の刃に耐えるには、まだ時間がかかるらしい。




スケッチの続きにはあまり集中できなかった。
日が少し傾いた頃、女性が店から出てきてこちらには目も合わせずに通り過ぎていった。


「記録終わりましたよ」

薬の書類に目を通していた上司の目の前に記録ノートを差し出す。
彼は受け取ってぱらぱらと中身を確認した。

「お疲れ様。あれ、今日ちょっと疲れてた?若干絵が荒れてるような……」

「万年大荒れの絵を描いている人に言われたくないです」

「酷いなあ。お客が帰った途端、君は僕に容赦なくなるよね」


普段のような口の利き方をしていれば、いっそう妬みの対象となる。
だから客の前では大人しく忠実な部下になっているというのは、この人だって分かっているはずだ。


「……まあ、それでもよく働いてくれてるから助かってるのも事実なんだけど」

「え?」

呆れたように彼は笑った。

「大丈夫だった?」

再び書類に視線を落としながら尋ねてくる。
妙に優しい声。

「何がですか」

「さっきのこと」

「ああ、大丈夫ですよ」

「どっか痛いところは?」

「ありません」

「でも、あの子に」

「平気です。よくあることですから」

「じゃあ」

彼がこちらを向く。


「どうして泣いてるの」


泣いてなんかない。
そう言おうとして、自分の頬が濡れていることに気付いた。
袖で拭ってもどんどん涙が溢れてくる。

「……あ、れ」


慣れている。
もっと酷いことをされた日だって今まで何度もあった。
その度にどうやって対処すればいいかを十分すぎるほど学んだではないか。
一々泣いたりしなくなった。恐怖心を抑えられるようになった。
それなのに。
慣れていたはずなのに。

この人が、
心配そうな顔で私を見るから。
肩を震わせる私の頭を撫でたりするから。

まるで傷を癒やすように言葉をかけてくるから。



「…………あんたのせい……っだ」


どうして、そんなにも優しく接してくるんだ。






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