long dream | ナノ




贈り物は慎重に



生前から薬学に興味があった。
病気がちで入退院を繰り返していた私にとって、薬とはなくてはならない存在だった。
結局、その病気が原因で早くに現世を去ることとなってしまったのだけれど、
少しでも長く生きる手助けとなってくれたものについて、じっくりと学んでみたいと思った。

だから、地獄で情状酌量となり就職口を探していた時、
天国の桃源郷にある漢方薬局が求人募集していると聞いて、どれだけ喜んだことか。

まさかそこの漢方医が、




「ねえ〜白澤様っ アタシ今日美容院行って髪型変えてみたんだけどぉ。どうかしら?」

「とっても似合ってるよ。まあ、君はどんな髪型でも可愛いけどね」

「やだぁ〜ほんとぉ?嬉しいっ」



そこの漢方医が、
こんな野郎だと誰が予想できただろう。


先程から店内で繰り広げられている会話に、私は酷く嫌気が差していた。
奴が吐く甘ったるい言葉に頬を染めているのは、きらびやかな着物を身に纏った女の人。
白澤目当てでここに来る常連客の一人だ。


「大丈夫スか、柚季さん。顔怖いですよ」

さりげなく横へ来てそう言う桃太郎。彼もまたうんざりといった感じである。

「俺がここに来てから何人目の女の人だろう……いや、そもそもあの人彼女なんスかね?」

「どうだろ。あの男、ここに来る女性客には誰でもあんな感じだけどね」

どうでもいい。付き合っていたとしても、どうせすぐに別れるのは目に見えている。

「あ、白澤様が何か渡しましたよ。じゃあやっぱり彼女かな……」


見ると、女性がわあ、と喜びの声を上げている。
その手に持っているのは、かんざしだろうか。


「この前店で見かけて、君に似合うと思って買ったんだ」

「可愛い!こういうの欲しかったのよ!ありがとうっ」

「貸してごらん。挿してあげるよ」


赤い花の飾りの下がりには同系色の大小さまざまなビーズがあしらわれていて、
光を反射してきらきらと輝いている。
少し派手すぎるように見えたそのかんざしは、彼女の髪や雰囲気に自然と調和してよく似合っており、
私は暫くの間、目を奪われていた。



その日の仕事を終え、帰宅準備をしていると白澤が尋ねてきた。

「欲しいの?かんざし」

「は?」

「昼間、ずっとあの子のほう見てたから」

しまった。そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうか。

「まぁ欲しいというか……綺麗だなって思って」

「一本も持ってないの?」

「かんざしですか。……持ってませんけど」

そう言うと、彼は私のつま先から頭の上まで視線を這わせ、

「君、普段から質素な感じだもんね。作務衣だし、化粧気もないし、そりゃそうか」

妙に納得したような顔でほざいた。
仙桃や薬草を採ったり、薬の調合をしたりするのに、かっちりと着物を着て化粧をする奴がいるものか。
こいつ、喧嘩を売っているとしか思えない。


「あ、今度僕が柚季ちゃんに似合いそうなのを選んであげても……ぐふっ!!」

まだ馬鹿にしたような笑顔で話を続ける上司の腹を思いっきり蹴り、
お疲れ様でした、とだけ言って店を出た。


仕事で身を飾る必要は全く無い。
しかし、では休日出かける時はどうかと言えば、確かに自分は地味すぎるかもしれない。
一本ぐらい買ってみようか。
あんな、データ量が豊富なだけで女性を喜ばせているような奴に選んでもらうくらいなら。


その後、馬鹿にされた悔しさから、何度かかんざしの専門店を訪ねてみたが、
やはり値段はそこそこするものが多い。
こんなものにお金を使っていいのだろうかという思いが頭の中をぐるぐると回り、
結局買うことが出来ないまま数日が過ぎ、給料日を迎えた。


「はい。柚季ちゃん」

「……ありがとうございます」

給料の入った封筒を受け取る。
その上司のにやにやとした笑顔から、今日はやけに上機嫌な様子がうかがえる。

「何ですか、気持ち悪い」

「ふふふっ 実は君にもう一つプレゼントがあるんだ」

「え」

渡されたのは、小さな小包。

「君が欲しがってたものだよ」


それって、もしかして……


彼に促されて、紐を解いていく。






呪いの猫のかんざしが顔を出した。


「いや、どうしても君がどんなもので喜ぶか分からなくってね〜 それなら猫好好ちゃんしかないかなって!
 特注でかんざしにしてもらっちゃった」

デザインした本人は気に入っているらしい。やたらと嬉しそうに語っている。


「世界に一つしかないよこれは〜 ぜひ明日からでも挿しておいで……って、柚季ちゃん何で僕に椅子投げようとしてんの!?」

「んなもん挿して外を歩くくらいなら死んだ方がマシです……」

「それ前も言ってたけど君もう死んでるじゃん!ちょ、危ないってホント!」

「それぐらい嫌ってことですよ。察しろよこのクソ神獣!!」




かんざしを買うことは、当分無いだろうと思う。





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